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闇文庫

主に寝取られ物を集めた、個人文庫です。

卒業後 第51回

 すっ、と―――
 男は鞄から取り出したものを、伯母の眼前にかざした。

 先程語られた男の言葉(遼一にはその意味するところがまるで分からなかったが)に、魂まで抜き取られたかのように虚脱していた伯母の瞳が、男の掌にある ものに向けられる。

 それは練り歯磨きのようなチューブ状の容器だった。


 あれはいったい何なのか―――
 そんな疑問が頭の中で形をとる前に、かすみがかったようだった伯母の瞳が次第にクリアになり、その潤んだ黒目の中にはっきりとした怯えが浮かぶのを遼一 は見た。


「そ」


 それは―――と呟く伯母の唇がわななく。


「覚えていてくれたようで結構。今年の夏の旅行で試してみたものだよ」
 道化のように言って、男はにこり、とわらった。

 伯母のいっぱいに見開いた瞳は、男の手にした小さなものに釘付けだった。

「あのときも言ったが、本当はこんなものを使うのは俺のプライドにひっかかるんだがね。社費でおとしているとはいえ、海外輸入の高価なものだし。いや、こ の場合は先行投資と言ってさしつかえないのかな―――」

 相変わらず意味の判然とせぬことを、男はぶつぶつと呟く。だが、その言葉も伯母の耳に入っている様子はない。


 あ、、、、ああ、、、、、、、


 異様なまでにかすれた声が朱唇から漏れる。
 熱に浮かされたように、伯母の総身はがたがたとふるえていた。

「今日はとことんまで搾り尽くさせてもらう―――と、そう言ったはずだよ」
「だめ・・・・それだけは許してください。そんなものを使われたら、また」


 また、狂ってしまう―――


 うわごとのような声で、
 伯母は呻いた。


「恥知らずになってしまう・・・・あのときのように」
「狂うがいい。恥知らずになるがいい」
 謳うように言いながら、男はチューブ状の容器から粘性の白濁を左手の指にたっぷりと絞り出した。
 不意に立ち上がって、伯母はその場から逃れようとした。しかし、両手を拘束された肢体は腰のたがが外れてしまったように、ふらり、と両の脚をもつれさせ た。崩れかかった華奢な細身を、男の太い腕が抱き寄せる。
 そのまま男は強引に口づけた。頭を振ってあらがい、つよくしならせた伯母の身体が男から離れ、またソファに倒れこんだ。
 荒い息をつき、雛鳥のように肢体を丸めた伯母を、男の冷然とした目が見下ろした。

「そんなに暴れると、腹の子にわるいよ」

 やさしい口調ながら、はっきりと脅しの響きを滲ませた声が伯母を打つ。
 頭をしっかりと太腿に埋めたまま、伯母が激しく頸を振った。
 その髪に、がっしりとした手が触れた。
 男の顔に微笑が浮かんだ。

「君はもう」


「おかあさんなのだろう―――」


 ふわりと囁くように。
 言い聞かせるように。
 男はそんなことを云った。


 伯母が顔をあげた。
 黒目がちの瞳が揺らめいていた。
 異界と化したようなこの空間にあまりにそぐわない、はっとするほど無垢な表情を遼一はその瞳の中に見た。
 夢見るように朱い唇がうごいた。




 おかあさん―――




 白魚のような手が、なめらかな下腹にそっと触れた。


「そうだ、瑞希はお母さんになるんだ―――」

 伯母の耳元で男は囁きつづける。
 その左手がなすりつけた白濁を指の腹でまぶしながら、ぴっちりと閉じた肉のはざまへ向かっていくのが見えた。

 おそろしいことが起こる―――
 身体中の骨がそんな予感を遼一に告げていた。
  1. 2014/10/14(火) 01:14:40|
  2. 卒業後・BJ(よき妻 第三部)
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卒業後 第52回

 日は完全に落ちた。
 居間のカーテンは開かれたままで、そこから暗い夜が見えている。
 けれど、この部屋の空間は夜よりも濃密なものに支配されていた。
 それはあふれんばかり室内に充満し、さらにさらに膨張していく。
 見開かれたままの眼から、或いは歯の根の合わない唇から、その濃密なものは遼一のなかへも、こぽこぽと音をたてて入り込んでくる。
 身中に入り込んだ後でさえ、その体積を増すことをやめずに。
 だから、自らの身体が、頭が、どんどんと膨れていくのを遼一は感じる。

 薄明かりの下で、伯母の白い裸身は微光に包まれているようだ。
 その上体に覆いかぶさるようにしながら、男は相変わらず、伯母の耳元に優雅なほど艶のある低い声で囁きつづけている。
 魔術師のよう―――とは、遼一が男に対して感じていた印象だったが、今、伯母の裸身にとりついている男は、人の形をした悪魔が妖しい呪文を唱えている姿 に他ならなかった。
 そして―――ついさきほどあれほど激しい抵抗を見せた伯母は、今はうっとりと男の囁きに聞き惚れているのだ。
 その瞳は遥か彼方を向いているようで。
 瞼の裏にうつくしい幻影を映しているようで。

 いや、伯母はたぶん本当にその光景を見ているのだ。

 夢見るような微笑を浮かべた唇が、同じ単語を繰り返す。



 おかあさん。
 おかあさん。
 おかあさん―――。



 もうすぐ母になろうとしている女性にしては、その口調は童女のようにあどけなく、浄福をかたどった微笑はすでにこの世のものではなかった。


「そう、母親だ。物心ついてからずっと追い求めてきたものに、今度は君がなるのだね。さて、瑞希はいったいどんな母親になるのだろう―――」

 心の裏側までをも撫であげるような男の声音が響く。


「わたし―――わたしは―――」


 いいおかあさんになる―――


 喉の奥がつかえたような、けれど必死な声で、伯母がこたえる。


 淋しい想いはぜったいにさせない。いつも傍にいて、毎日、「大好きだよ」って言って、それからぎゅっと抱きしめてあげる。道に迷わないように、どこかへ 行ってしまわないように、いつも手をつないであるく。もしも辛いことがあって泣いていたら、不安がなくなるまでずっと慰めてあげる。だいじょうぶだからっ て、おかあさんがついているからって。優しくささやいてあげるの。


 普段の伯母を知っている者には信じられないくらい、たどたどしい童女めいた口調なのに、そう語る伯母の横顔には、たしかに母親の至福がきらきらとかがや いていて。

 イタリアの絵画に描かれた聖母像のようで。

 けれど、その聖母―――狂気に囚われた聖母だ―――は犬の首輪に繋がれ、華奢な両腕は後ろ手に背中で結わえられているのだ。


 そして―――
 そんな伯母を見つめる男の目には、ぞっとするほど冷徹な光があった。


 言葉で伯母の精神を狂気に導きながら、悪魔じみた男の左手は伯母のゆるんだ太腿の最奥に入り込み、鮮やかな紅の器官をめくり返している。猥雑に蠢く指の 先が、充血して薔薇色に染まった襞の内側にあの粘ついた白濁を丹念に塗りこんでいく。
 そのグロテスクな光景もまた―――
 この世のものではなかった。


 くらくらと眩暈がする。
 意識が遠のいていく。
 身体の中に溜まった濃密なものが膨張していくのが分かる。
 内側から膨れあがったものが頭蓋を割りそうだ―――。


 紅い襞肉から男の指が引き抜かれるのが見える。
 その指から透明液がすーっと滴り落ちて、ぽたり、と床に落ちた。
  1. 2014/10/14(火) 01:15:46|
  2. 卒業後・BJ(よき妻 第三部)
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卒業後 第53回

 ゆらり、と陽炎が揺れるように男は立ち上がった。
 ソファに横たわった伯母の無心な瞳だけが動いて、男の顔を見上げる。

「いい顔をしているね。でも―――本当に俺が見たいのはそんな貌じゃないのさ」

 独り言めいた呟きは、先程までとうってかわって不穏な冷酷さに満ちていた。

「君は―――大事なことを忘れているよ」
「大事な・・・・こと」
 ぼやけた精神をそのまま反映した溶けた瞳に、不安げな光が宿った。男は薄く笑いながら、舞台役者のような動きで伯母の後ろにまわった。
 頼りないほど細い伯母の肩口から男の手が伸びて、すべすべとした下腹の乳白色の肌をさらさらと撫でた。
「この子の―――父親のこと」
「父親・・・・・」
「そう。失われた君の父親ではなく、現実生活において君の半身だった男さ。彼はようやくおかあさんになれた君に、なんと言っていたのだったか」

 催眠状態にあるひとのように無垢そのものの表情をさらしていた伯母の顔に、鋭い怯えがはしった。


「彼は言ったのだろう―――」



「『こんな子はいらない』、と―――」



 ぐしゃり、と―――
 伯母の表情が、歪んだ。


 「ひーっ」と「あーっ」の中間にあるような、奇妙な叫び声がその喉笛から洩れた。
 その叫びは次第に響きを変えていき、最後には絶え間ない嗚咽となった。
 ひとり取り残された赤子のような、傷ついた獣のような嗚咽に。


 泣きじゃくる伯母を、男は冷然と見つめた。
 その顔は幽鬼のように蒼い。
 視線の先はただ伯母だけを向いている。


 その伯母の総身が小刻みに震えはじめた。


「あっ・・・・あっ・・・・!」


 嗚咽とは明らかに違う、微熱まじりの吐息が零れはじめる。
 裸の腰が浮くような動きを見せ始めた。
 顔を上げ、伯母は背後の男を振り返る。

 涙でぐしゃぐしゃになったその瞳に、愕然としたものが浮かんでいた。

「ようやく効きはじめたようだね」

 やさしい線を描く下腹を撫でていた無骨な手が、雪白の乳房のとがりを摘む。
 その瞬間、伯母は反射のように目を細めた。一瞬の後、再び見開いたその瞳には、先程までの驚愕は消えていた。

 その代わりに浮かんでいたのは、明確な形をとった絶望だった。


「い・・・・や・・・・・っ」


 切れの長い目の端に滲んだ涙を、顔を寄せた男の舌が舐めとる。
 ざらりとした舌はそのまま伯母の端整な耳を舐め、それから妖しいほどなめらかな頸筋に伸びた。同時に男のふたつの手は、白い胸乳の両方に覆いかぶさり、 柔弱な肉の弾力を愉しむようにゆったりした愛撫を繰り返す。

 伯母の顔が天を仰ぐ。突っ張った喉が、時折、うくっ、うくっと何かを呑み込むような動きを見せる。精神に網をかけられ、花芯に薬物を塗布されていたとき には弛緩しきっていた躯が、今は彼女の意思と無関係にざわめきだち、或いは張りつめているようだった。

 しなやかな頸が左右に振りたてられる。その度に豊かな髪がはらはらと乱れる。その一筋が落ちて、男の手で揉みこまれ、つんと上向いた乳房に貼りついた。


「いい貌になってきた。湯気がたちそうなほどに身体も熱くなっている」


 男の囁き声がする。

 湯気がたちそうなほど―――と男は言ったが、実際、遼一の目にはもやのようなものが伯母の全身から湧き立ち、ゆらゆらと妖しく揺らめいているように見え た。


「やはり瑞希には母の顔よりも、牝の貌のほうがよく似合うね」


 吐く言葉の口調は相変わらず悠然としているのに、男の手指の動きは次第に荒々しくなっていた。両手を拘束されているために無防備にさらけだされた腋下か ら、淡く萌えた恥毛の周辺まで男の指は隈なく伸びて、執拗に女体の敏感な部分をまさぐりたてる。

 敏感な部分―――いや、そうではない。今の伯母にとっては、敏感でない部分など存在しないのだ。ギターのどの弦を爪弾いても音が鳴るように、つやつやと した肌の、男の手が触れるすべての箇所が、過敏になった神経に鋭く跳ね返っているようだ。

 けれど、それだけの情態に伯母を追い込みながら、そのもっとも敏感な部分には、男は触れようとしなかった。

 汗の濡れひかる肢体がしなる。伯母の腰から下は別の生き物のように、くいっ、くいっと宙に浮く動きを繰り返した。求めて得られないものを、無意識に狂お しく追いかける動きだった。


 それはまるで、うねり舞う白蛇のように、遼一の目に映じた。その白さと、その生々しさに、遼一の視界は占拠された。


 また、伯母の肢体がしなった。
 先程は嫋々とした吟声だったものが、今は甲高く、鋭いよがりなきに変わっている。
 乳房を弄っていた男の手が、細やかな顎を掴んで振り向かせた。
 男の口が半開きの伯母の唇に覆いかぶさる。
 口を押しつけられながら、伯母の瞳は開ききっていた。その瞳は先程までとは違う狂気に支配されていた。
 性という名の狂気に。

 そして遼一は、男の口づけに情熱的に応える伯母を見た。

 男の顔が離れる。
 伯母の唇の端からは薄く唾液の糸が引いていた。
 太い指がそれを拭った。むしろ呆然とした顔で、伯母はその手を受けた。
 くすり、と男がわらう。


「妻でもなく、母でもなく―――」


 ただの牝こそが君にはふさわしい―――


 男はそう言って、細頸に嵌められた無骨な首輪に指をかけ、くいっと引き寄せた。
「あうっ!」
 伯母の眉根が苦しげにたわめられた。
「犬になればいい。いつでもはしたなく尻を振りたくって男を誘う、発情した牝犬に。道徳も、倫理も、過去も、今までの生活もすべて捨て去って。そこに君の 本当の幸せがある―――」


 そう語る目に燐光が漲っていた。
 苦しげに細められたままの伯母の瞳が揺れ、弱々しく頸を振る。
 また男の手がすっと伸びて、しどけなく緩んだ太腿の最奥、充血し、あふれきった狭間の上部に屹立した果芯を撫であげる。
 声なき声を伯母はあげた。いのちそのものに触れられたように、足指の先までが痙攣したのが分かった。

 すぐに男は手を離した。
 伯母の痙攣はまだやまない。


「触られただけで軽いアクメに達したのかね―――」


 伯母は答えない。いや、答えられない。


「もっといきたい、もっと気持ちのいいことをしてもらいたい―――君の全身がそう訴えているようだよ。腹の子供もきっとそれを感じとっている―――」


 男の指が伯母の唇をすっとなぞった。
 がくがく、と伯母は頸を左右に振る。


「不安になることはない。母親の至福は子供の至福だよ―――」


 そう言って―――
 男は悪魔の微笑を浮かべた。



 玩弄が再開される。
 ううっ、ううっ、と獣のような声が、なよやかな女の喉から止めようもなくあふれる。


 くるってしまう―――


 一瞬、人の声が、そんな短い叫びをあげた。
 それが誰の声なのか、もう遼一には分からなかった。


 遼一の膨れ上がった心身はとうに弾けている。
 飛散し、ばらばらになってこの空間に混じり合っている。
 自分がここに在るのは、もうただの熱としての存在だけだ。



「このままでは本当に狂うよ―――」



 空間と一体化した意識のなかで禍々しい声だけが響く。



「それが厭ならばこう言うだけでいい―――」




 犯してほしい、と―――
 牝犬になります、と―――




「ただ、それだけで君の至福は約束される―――」


 ただ、人を捨てるだけで―――


 誰のものとも知れぬ声が、そう、結んだ。
  1. 2014/10/14(火) 01:16:54|
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卒業後 第54回

「それは―――出来ません」


 苦しげに息を切らしながら、しかし芯のとおった声が室内に響いた。


 男の手を逃れ、伯母は立ち上がっていた。
 振り返って男を見つめる瞳は涙で曇ってはいたが、先程までの狂気の色はそこになく、ただただ透明な哀しみで澄んでいた。

「私には捨てることなんて出来ない。この子も、あのひとも―――」

 絶対に―――


 言葉が喉の奥からあふれ出すように、伯母は叫んだ。


 そう言いながらも、伯母の形の良い富士額からはあぶら汗が垂れ落ち、後ろ手に縛られた身体の足元はふらついている。
 男はそんな伯母を静かに眺めていた。その表情に変化はなく、むしろ先程よりもいっそうしんとした静けさに包まれて、男は伯母を見ていた。
 
「あいつは君が求めているものを決して与えてはくれないよ」
「それでもいいの。私はあのひとを愛している。だから、私から手を放すような真似は決してしないの。もう―――二度と」
「君は幻影を追いかけているだけさ」
「ちがう!」
「あいつといた五年間、君は幸福だったのか?」
「いいときも、わるいときもあった。でも―――大切な時間だった。あのひとと出会って、一緒に過ごして、私は自分が本当に生きているんだってはじめて感じ られたの。怒ったり、哀しんだり、泣いたり、笑ったり・・・・私、今までずっと、そんなことも出来ない女だった。あのひとが私にくれたものはこの子だけ じゃないの。今も私の中にあるものは、あの人と出会ってから私のなかに生まれたものなの。それまでの私はずっと―――ずっと空っぽだった。だから失っちゃ いけない。失えない―――」

 最後の言葉を言う前に、伯母の肢体はぐらりと床に崩れ落ちる。

 そのまま、立ち上がることも出来ないまま、伯母は膝を動かし、拘束された上半身を床に擦りながら、芋虫のように惨めな動作で這いだした。

 そんなふうに這い逃れようとする伯母のほうへ、男は足を踏み出した。その足取りは悠然としている。

 伯母の動きが止まった。
 床に這いつぶれたような体勢から起き上がることも出来ない伯母の、ただその胸の辺りだけが激しく喘いでいる。


「最後の我慢ももう限界のようだね。そろそろなんとかしないと、本当に気がおかしくなってしまうよ」


 男は崩れた伯母の背後に立ちながら、冷ややかに言葉を投げた。

 ぐぐっ、と―――
 伯母の背肌に緊張がはしり、身体を起こそうとしたのが分かった。

 孵化を迎えた海亀の子供が殻から這い出ようとするような、懸命な動きで、伯母は前を向こうとする―――。

「ところで―――」


「君は―――誰なんだ?」




「え?」




 空間と入り混じり、その一部と化していた遼一の視界。

 その視界に、まさにその瞬間、飛び込んできたものは。
 やっとの想いで顔を上げた伯母の目が、愕然とした表情を浮かべて、自分を見つめている姿だった。
  1. 2014/10/14(火) 08:52:20|
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卒業後 第55回

 時が凍りついたよう―――そんなふうに感じる瞬間は確かにある。
 まさにそのとき、遼一が感じた感覚がそれだった。

 凍りついていたのは時だけではない。
 伯母の目がそうだった。
 まるで恐ろしいものでも見たように、伯母のやさしい瞳は怯えきっていた。恋焦がれたひとにそんな目で見つめられるときが来るなどとは、少し前までの遼一 にはまるで想像も出来なかったことだった。
 こんな瞬間でさえ、その事実に、遼一の胸は張り裂けんばかりの痛みを覚えた。

「どうやら顔見知りのようだね。すると、君が遼一君なのかな―――」
 冷厳な表情を崩すことなく、男は依然として悠然とした足取りで近づいてきた。
 初めて真正面から見る男の顔はギリシャの彫像のようで、濃い眉の下に爛々とかがやく目がひかっている。遼一は今までこれほど恐ろしい男を―――大人を見 たことがなかった。
 足が震えて動かない。
 近づいてきた男に腕を攫われた。
「質問に答えてほしいね。君は遼一君か? 彼女のお気に入りだったという甥っ子の」と、今度は伯母を見て、男は言葉をつづけた。「―――あんな息子がほし い、と君がいつぞや言っていたのは、この子のことなのかな」
 ショックのあまりフリーズしていた伯母が、ひっと小さく啼いて、床に押しつけるように顔を背けた。
 男が目を細めて、遼一を見下ろした。
「どうやってここに入った? いつからここにいたんだね? 覗き見はよくないな。ごらん、伯母さんがあんなにショックを受けているじゃないか―――」
 言葉とは裏腹に、男の口調に詰問の響きはなく、ただ事態を面白がっているような、ふざけた調子だった。
「あなたこそ・・・・・誰なんだ・・・・・?」
 ようやく、喉から声が出た。おや、というように、男の眉の一方が吊り上がった。
「彼女の友人―――いや、愛人と言うべきかな。少なくとも、君よりは深い関係で彼女と付き合っていることはたしかだ。君が見たとおりね」
「もう・・・・やめてください」
 床に伏せたままの、伯母が哀願するように声を絞り出した。
「放してあげて・・・・その子に・・・・もう見せないで」
「手遅れだね」
 あっさりと男は言って、遼一の手を離した。その瞬間に遼一は腰が抜けて、どさりとずた袋が落ちるように、その場にしりもちをついた。

 男は伯母の傍らに膝をつき、肩からまわした左手で細顎を上向かせた。潤みきった瞳が遼一に向けられた。牝牛のように哀しげな瞳だった。

「彼にはもうすっかり見られてしまったようだよ。君のすべてを、ね」
「ああ・・・・・っ」

 悲鳴とともに、かちかちと伯母の歯が鳴る。

「やめろっ!」そう叫んだ遼一の声も、悲鳴にちがいなかった。「伯母さんを放せ!」
「ふふん、今までは木偶のように覗き見をしていたくせに、急に正義漢ぶるのかね。やはり血筋かな。あの男のように偽善者ぶりたがるのは」
 ざらりとした声で男は嘯き、あざけりをたっぷり含んだ目で遼一を見つめた。激しい羞恥と罪悪感で、遼一の頬がかっと火照った。
「まあ、そうは言っても、そんなに恥ずかしがることもない。こんな刺激的な光景を見ては、君の年頃なら仕方ないだろう。まして、彼女は君にとって身近な女 性だ。普段の伯母さんはどんなだったかね? 君のお母さんと同じ歳だと聞いているよ。まあ、このひとのことだから、普段はさぞやさしい伯母だったのだろう が―――」

 しなやかな頸を抱え込んだ男の腕が、伯母の肢体を抱き寄せる。上半身を抱え上げられた伯母の裸身が晒され、隠すところのない乳房が揺れた。

「ひ・・・・っ」
「伯母さんの身体を生で見るのは初めてかね。そもそも女性の素裸を見るのが初めてだったのかな。見てのとおり、君の伯母さんは服の下には、こんなに魅力的 な身体を隠していたんだよ」言いながら、男はふくよかな乳房をすくいあげるように持ち上げて見せた。「―――綺麗な胸だろう。男の手でたっぷりと揉みぬか れた胸だ」


 可憐なほど紅く色づいた乳首を男の指が撫でる。
 遼一の瞳の奥が真っ赤になる。


 息が、息が、苦しい。


「見ないで・・・・・」

 その顔をぐいぐいと男の胸に押しつけ、表情を隠しながら、頑是なく弱々しい声を伯母が出す。遼一は必死で目を逸らそうとした。だが―――逸らせなかっ た。身体中の神経がそれを拒んでいた。

「罪なことを言う。君も十代の男のことをよく知らないね。彼らにとって女の裸は世界中の何よりも刺激的なものなのだよ。まして、こんなにいやらしい身体が 目の前にあって、それを見ないなんてことはお釈迦様でも無理な相談さ―――」

 乳首を掴み、引き伸ばすようにひっぱって見せながら、男は伯母の耳元に囁きかける。
 そんなことはない、と叫びたかった。伯母に軽蔑されたくなかった。伯母を救いたかった。立ち上がり、男を突き飛ばして、伯母を助けなければ―――そう思 うのに、そんな思考はまるで他人事のようで―――
 理性を蝕む熱が、身体中を浸食して―――
 意思の力を奪い、犯していく。
 犯していく。


 男がわらいかけた。


「―――勃起しているね」


 見ているだけで痛そうだ―――
 男は言って、また、伯母の顎を強引にねじ向けさせて、「それ」を―――遼一を見せた。


「う・・・・・ぁっ」


 その悲鳴は遼一のあげたものだったのか、それとも伯母があげたものだったのか。
 分からなかった。
 何もかもが灼熱だった。

「彼は君を見て興奮しているのだよ。ごらん、ほら、あんなに苦しそうだ」

「君自身の躯ももうすっかり出来上がっていることだし」


「やさしい伯母さんとしては―――これは責任をもって彼の苦しみを取り除いてあげるのがつとめじゃないのかな」
  1. 2014/10/14(火) 08:53:22|
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卒業後 第56回

 少年から青年に移り変わってゆくその輝かしい一時期に、「性」はおぼろな薄闇の彼方に在る。
 そこからその深淵をちらちらと覗かせて、彼をおののかせ、またどうしようもなく惹きつけもするのだ。
 それは憧れであり、恐怖だ。
 遼一にとって、伯母はいつだってそんな存在だったのかもしれない。

 愛情は哀しみと相性がいいらしい。
 伯母のやさしげな微笑にひそむ哀しみは、いつも遼一の胸を切なくかきむしった。

 ただ―――愛しかった。

 でも―――だからこそなのか―――そんな伯母に対して「性」を感じる瞬間は、遼一をおののかせもした。
 ずっと罪の意識を感じていた。

 それなのに、今日、この瞬間に至るまでに目にしてしまった光景はあまりにも生々しすぎて。
 初めて目にした伯母の肢体はあまりにもうつくしくて。
 その肢体が見せるみだらな反応は圧倒的に―――
 蟲惑だった。


 そして今―――
 見知らぬ男の手によって、薄闇は完全に取り払われた。


 遼一の眼前、わずか先に伯母がいる。
 伯母の身体は開かされている。
 男の太い腕が伯母を両方の膝から抱え上げ、雪色の素脚はきりきりと割り裂かれている。
 幼児に小水をさせるときのポーズそのままに、
 遼一の正面で、伯母の身体は開ききっている。
 その奥区までも。
 なめらかな下腹のさらに下、淡い恥毛が密生したその部分にはいった綺麗な縦筋が、広げられた太腿に引っ張られるよう、切れ込みの奥に秘匿された部分を覗 かせている。

 柘榴のように紅く、艶々としたその果肉。
 伯母の性器。
 伯母の性。

 ごつごつとした指先が、両側から伯母の女性器に伸びて、形の良い果皮をさらに剥きあげる。
 外気に触れた瞬間、前を晒されたその箇所がきゅっと収縮したのが、分かった。
 血の色の濃淡が艶やかに光っていた。


 あうっ、、、ううっ、、、、、、


 彼方で呻き声が聞こえる。
 遠雷のような耳鳴りに混じって、それはよく聞こえない。
 今度は男の囁き声がした。


 どうだね? 実に綺麗だろう。綺麗で―――卑猥だ。


 遼一はうなずく。
 これほど鮮やかなものは見たことがない。
 これほど狂おしいものは見たことがない。
 それは手の届く位置にある―――。


 これが君の伯母さんの大切な隠しどころさ。清らかで淫らな―――


 男の手指が剥き上げた紅蓮の、艶々とした粘膜をすーっとなぞる。
 割れ目の縁取りの頂点に屹立した瑪瑙の珠。
 そこに男の指が届いた。


 そして、ここが伯母さんのいのちだ。


 繊細な女の器官と対照的な、男そのものの手指が、伯母のいのちに触れ、指の腹で珠をころがす。
 宙に浮いた尻が敏感に蠢く。
 伯母のいのちが蠢く。
 情欲をそそる色づきがさらに濃くなり、女園の開口部がまるでいきものが呼吸するかのようにかすかに口を開く。
 不意に、そこから透明な流露があふれた。
 潤みは会陰から後ろのすぼまりまでしたたり落ちる。
 男の手指も濡れ光っていた。


 君に見られながら、伯母さんも凄く感じているよ。


 くつくつと笑い声がする。



 ああ―――


 触れたい。
 触れたい。
 触れたい。
 目の前にある蟲惑に触れてみたい―――



 遠慮することはないよ。


 いざないの声が甘やかに響く。


 彼女もそれを望んでいる。求めているんだよ、君を。君が自分のなかに押し入ってくる瞬間をね―――


 ぬら光るその部分を見せつけるように、男の指が伯母の聖域をまた侵し―――

 そして―――
 遼一は、そろそろと渇望の場所へ手を伸ばしていた。
  1. 2014/10/14(火) 08:54:20|
  2. 卒業後・BJ(よき妻 第三部)
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卒業後 第57回

 遼一の手が、なまあたたかいその箇所に触れたそのとき―――


 空気を切り裂くような、もの凄い悲鳴があがった。


 顔を上げると、伯母が遼一を見ていた。
 ぽろぽろ、ぽろぽろ、とその瞳から涙がとめどなくあふれていた。
 怯えとともに、遼一はその手を引いた。


「お願い、、、、お願い、、、、もう許して、、、、、これ以上は許して、、、、、これ以上罪を背負わせないで」


 なめらかな頸を振りながら、うわごとのように伯母は哀訴の声を振り絞る。
 その声は遼一ではなく、男へ向けられたものだった。

 
「何でもします、、、、、何でも言うことを聞きますから、、、、、、この子にだけはこんなことさせないで」


 お願い、お願いです―――、伯母はそう何度も繰り返した。


「ここまで美味しそうな餌を見せつけられて、普通の男なら我慢がきくはずもないよ。彼だってもう男なんだ。いつまでも子供扱いするものじゃない。それに ―――」

 
 頼りないほど細い身体を抱え上げたまま、男の両手の指が伸びて、目一杯広げられた美麗な紅の器官をまさぐった。十の指がそれぞれ別の生き物のように、女 の器官をうねうねと這い回る。
 押し殺そうにも押し殺せない忍び泣きが伯母の喉から漏れ、やがて、「あっ、あっ、あっ」という鋭い高音に変わった。なよやかな雪白の腰が、もっとも敏感 な部分に加えられる男の指の刺激に耐えかね、惑乱の動きでくねり舞う。


「情のない君の心と裏腹に、身体のほうはこんなに濃やかに情を求めているよ」


 紅潮した伯母の頬は子供のそれのようにつるりとしていて、汗で張りついた黒髪のほつれがただ妖しい。きつく寄せられた眉間に深い皺が刻まれていて、それ は伯母の喉から発せられる啼き声と同様に、伯母が今この瞬間に感じている深すぎる業を物語っている。


 苦悶と快美。その間に揺蕩う伯母の裸身は、しかし凄艶すぎた。


 再び手が伸びる。遼一の手が。男の指でくつろげられた伯母の鮮やかな剥き身にそれが触れ、秘奥からあふれる湧出を感じた瞬間、遼一は激しい痺れとともに 眩眩と眩暈を覚えた。

 薄目を開けた伯母の瞳が、怯えとともに遼一を見た。

 男の指がさらに女園を開きたて、ぽっかりとあいた秘孔を遼一に見せつける。
 流露をいっぱいに溜めて艶光るその部分に、彷徨いこむような動きで遼一の指が入っていく。



「だ、、、、、、め、、、、、、、」



 遼一の指が、伯母の膣内に埋没した。


 紅葉色に彩づいたその媚肉は、湯壷のように熱くたぎっていて。
 とても人の発する熱とは思えないほどで。

 その熱と、微細な肉の蠢きの感触が、遼一の脳髄に白光をはしらせた。

 不意に―――

 ぶるぶるっ、と、遼一の指を咥えさせられたその器官が激しく収縮した。

 痙攣は波状のように、なよやかな腰から伯母の総身へ広がっていく。

 苦しげに歪められた朱い唇が―――




             断末魔の声を、
                            あげた。




 女性の達する様子など見たことのない遼一にもはっきり分かるほど、そのときの伯母の相は様変わりし、視線は完全に宙に浮いていた。

 そんな我を失った姿で、伯母は彼方へと飛び去った。

 その刹那、充血した秘孔から激しくほとばしるものがあった。それは埋められたままの指と、それから遼一の顔の辺りにまで、したたかにはねかかる。
 伯母からほとばしった潤みを浴びながら、呆然と座り込んだ遼一の股間も、それと意識しないうちにすでに弾けていた―――。



 ―――――――――――――*―――――――――――――


 ようやく―――伯母の肢体が宙から降ろされた。


 自らの放ったしたたりの上に裸の臀部がぺたりとつく。正常な意識はまだ回復しない様子で、表情なく見開かれた瞳はただ虚空を見ていた。そのまま「正常な 意識」などというものは戻ってこないのではないかと危うく思われるくらい、そのときの伯母からは何かが決定的に失われているように見えた。
 その失われたものは小さな誇りであったり、尊厳であったり、たしかな生きがいであったりするような、これまで築き上げてきた何か―――ともかくも伯母の 表情は、完全に喪失ったひとのそれだった。そして、そんな伯母を見つめていたそのときの遼一も、同様に大切なものを喪失っていた。

「ずいぶんと激しく気をやったみたいだね」

 虚脱しきった伯母の傍らに、ただひとり変わらない男は影のように寄り添って、耳元で囁いた。

「これまでで最高だったんじゃないのか? 彼の指はそんなに美味しかったのかね? 禁忌を犯す快楽はまた格別なものだっただろう? そんな行為で君は感じ てしまえる女なのだよ」

 これで自分がどういう女なのか分かっただろう―――

 男の囁きが聞こえているのかいないのか、伯母の瞳はまだ虚空を見ている。
 その頬を男の平手が叩いた。

「分かったのかね―――と尋ねているんだよ」

 表情を失った顔で、伯母は男を見やる。
 ぼんやりと「はい」と答えた。

「君は平凡な主婦で収まっていられるような女ではない。それにしてはこの躯は淫らすぎる。そうだね?」
「はい」
「気の毒に。君がつれない態度をとるから、彼は自分の下着のなかで惨めに果てなくてはならなかった。可哀相だと思うだろう?」
「はい」
「それならば謝るんだ」
 
 優美にさえ見える笑みを口元に浮かべながら、男は伯母の顔を惚けた遼一のほうへねじむけ、耳打ちした。
 伯母が―――いや、かつて伯母であった女が、遼一に視線を向ける。


「申し訳―――ございませんでした」


 まるで抑揚のない、かすれた声。

「それからお礼を言わなくてはね。あれほど気持ちよくいけたのは彼のおかげなんだから」

 ひたひた、と女の頬を掌で軽く打ちながら、男は言う。

「ありがとうございました」
「気持ちよくいかせていただいて本当にありがとうございました、だよ」
「気持ちよくいかせていただいて本当にありがとうございました」

 男の台詞を口うつしで、女はただ復唱した。最後は言われるままに、遼一へ向かい、高い鼻梁の先が床につくまで頭を下げた。
 土下座する女の、あまりに細い頸に、無骨な首輪が馴染んでいた。


 呆然と―――そんな地獄の光景のすべてを、遼一は見ていた。


 その遼一の手を男が掴み、女の鼻先へ向ける。

「君が悦びのあまりひっかけたもので、ほら、こんなに汚れている。お詫びと感謝の意味で君が綺麗にしてあげるんだ」

 ぼんやりと、女が顔を上げた。
 その視線の先は男にも、遼一にも向いていなかった。
 女は―――さらに頸を上向け、細い舌をわずかに伸ばして、遼一の指に付着した透明なものに舌を触れさせた。
 さらさらとした舌の感触が、指を舐めあげていく。
 声が聞こえた。聞き覚えのある声が。



 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい―――。



 その声が眼前の女から発せられたものだったかどうか、定かではない。
 床に這ったまま、女はただ舌を使っていた。


「手の後は―――彼の顔だよ。君の舌ですべて綺麗にしてあげるんだ」


 最後に、これはたしかな男の声が耳元で響き―――


 そして、遼一は今度こそ気を失った。


 暗黒から目覚めた後、その部屋には他に誰もいなかった。
  1. 2014/10/14(火) 08:55:37|
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卒業後 第58回

「これで俺の話は―――俺が知っている話はすべて終りだ」

 私はドライマティーニの杯をくっと喉に流し込んだ。
 遠野明子は火の点いたマルボロを右手の指に挟んだまま、左手で頬杖をついている。

「奥さんは、その甥っ子、遼一君の目撃した出来事の後でいなくなったのね」
「おそらくね」
「遼一君はどうしてるの? 今も東京のあなたの部屋にいるの?」
「いや、家に帰したよ、もちろん。母親が心配してるし、受験のこともあるから」
「もう受験どころではないんじゃない? あなたと奥さんの事情は話したのかしら。それから赤嶺のことも」
「いや―――無理だった」

 何をどう話せばよかったのだろう。
 久々に再会した遼一はひどく暗い瞳をしていた。以前の彼からは信じられないほどに。それまでまったくかけ離れたところにあった世界の薄暗さを知り、生々 しい性の情景を垣間見た。しかもそれは遼一にとって親しい伯母―――つまり、私の妻が見知らぬ男の手によって徹底的な凌辱を加えられる場面で、あまつさ え、彼自身が男に誘われてその凌辱にひとつの役割を持ってしまったのだ。
 そのことに対する自責と、結果、妻がいなくなったことに対する負い目が、遼一を苦しめていた。無論、私には遼一を責める資格などない。むしろ、こちらが いくら謝罪しても足りないのではないかと思うくらいの枷を、彼と彼の将来に嵌めてしまった。母親の京子に対してもそうだ。

「いつか事情を話すから、それまではすべて忘れて今までどおりの生活を送ってほしい―――そう言って聞かせるしかなかったよ。瑞希のことは心配するな、と も」
「私は所詮他人だから何を言っても無責任になるけど、その場でいっそすべての事情を打ち明けるべきではなかったかしら」
「分からない。俺もそのときは普通の精神状態じゃなかったし」

 妻に関するそんな話を聞かされて、どうして平静を保てるだろう。

「まあね。でも、彼に言った言葉はそれでも間違ってるわ」
「え?」
「あなたが今一番心配すべきなのは、奥さんのことよ」
 謎めいた瞳で明子は私を見、それから「大変なことをしてしまいました―――」と棒読みの口調で言った。
「その『大変なこと』とは、何にもまして遼一君とのことを指しているのね。取り返しのつかないことになってしまった―――あなたに対しても、遼一君に対し ても、それから京子さんに対しても―――そう考えたからこそ、奥さんは出ていなくなったんでしょう」
「・・・俺はどうしても君に聞きたいことがあるんだ」
「なあに?」
「瑞希は今も本当に、赤嶺のもとにいるのか?」
 明子は私の目を見ながら、「いるわよ」と短く答えた。
「俺には・・・分からない。赤嶺のやったことは異常だよ。限度を越えている。俺は今まであいつのことを心から憎んだことはなかった。滅茶苦茶な奴だって 知ってはいたけど、あいつが普通の人間にはない特別な何かを持っているって信じていたし、畏れてもいた。それでも―――こんなことまでするとは思わなかっ た」
 明子は黙って聞いている。
「それ以上に分からないのが、瑞希のことだよ。なぜあんなことまでされて、瑞希はあいつと一緒に出て行ったんだろう。なぜ今も一緒にいるんだろう。普通な ら憎んでも憎みきれないところじゃないか。それが君の話では、今も一緒に――― 一緒に暮らしているんだろう? どうしても分からないし、信じられない。・・・やっぱり、瑞希は心の底ではあいつのことを」
「あなたはどうしてもそんなふうに考えてしまうのね」
 むしろ哀しそうに、明子は微笑んだ。
「遼一君とのことがあった後で、奥さんが赤嶺と出て行ったわけは私にもはっきりとは分からない。そのときは激しいショックを受けすぎて心神喪失状態になっ ていたのだろうし、手紙にもあったように二度とあなたと―――あなたたちと顔を合わせることは出来ないとも思っていたんでしょう。そして、彼女は今でもそ う思っている」
「夫じゃないか!」
 思わず私は叫んでいた。
「俺は夫じゃないか。夫婦じゃないか。―――他人には言えないことでも、まずは俺に話して一緒に解決していくのが、夫婦というものだろう!」
「私には分からないわ。結婚していないもの」
 しなやかに明子は言って、それから猫の目で私を見た。
「でもね、奥さんが心神喪失に近い状態にあったのは、遼一君とのことがあった以前からだと思うの。子供のことで、あなたに信じてもらえなかったときから。 いえ、そのことがきっかけで、あなたが自分のことなどまるで信じていないんだって彼女が悟ったときから。―――これって、死者に鞭打つような言葉かしら」
「いや・・・・正しいよ。少なくとも遼一の話で、瑞希の身篭った子は俺の子だって分かったから」
 その、私の子を孕んだ妻は、今、どうしているのか。
「そして、奥さんが今も赤嶺のところにいるわけ。これははっきりと分かるわ」よどみない口調で明子は言う。「彼女は赤嶺と契約を交わしたの」
「契約?」
「これも―――死者に鞭打つような話になるわよ」
 怜悧な瞳を私に向けながら、明子は新たなマルボロを指に挟んで、ぷらぷらとさせた。
  1. 2014/10/14(火) 08:56:48|
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卒業後 第59回

「この間のことだけれど、私、偶然に大阪の街で奥さんを見かけたのよ。あの夏、奥飛騨の宿を出て以来、初めてね」

 ずっと聞き役にまわっていた明子の話が始った。いわく「死者に鞭打つような話」が。

「ずいぶん久しぶりだったし、一度しか会ってないわけだけど、私は奥さんのことをよく覚えていた。すぐに分かったわ。そのときにはもちろん、あなたや奥さ んの現在の事情なんてものはまったく知らなかったけど―――、でも私は奥さんを見て驚いたの。だって会社の人間と一緒だったんだもの」
「何だって?」

 明子の会社といえば―――S企画だ。

「それも三人。“撮影”のときにカメラマンを務める佐々木という男、それから“男優”の金倉。そして赤嶺よ」
「ちょっと待ってくれ」
 明子の「話」の先が見えて、私はパニックに陥らずにはいられなかった。
 彼女は深閑とした目で私を見据える。
「あなたの想像は残念ながら当たっているわよ」
「―――――――」

 冗談、だろう。

「冗談、ね。赤嶺にとってはそうかもしれない。あのひとにとってはこの世のすべてが冗談なんだもの。あれだけの能力と人身掌握術に長けていながら、S企画 でビデオ撮影なんかやってるのも冗談。そして、奥さんを“女優”にするのも冗談。けれど、こればかりは最高にたちのわるい冗談ね」
 明子は眉をしかめた。


 ―――他人が俺の職業についてなんと言うかどう思うかは知ったこっちゃないが、ああいう瞬間の剥きだしの女の表情ってのは、俺にとって尽きない興味の対 象―――大袈裟なことを言えば俺の芸術の対象さ。あの表情をカメラに収めることが、ね。後でどれだけの人間がその俺の芸術をせんずりの種に使うか―――そ んなことは知ったこっちゃないが。

 ―――ふふふ、たしかに奥さんは最高の素材だと思うよ。あれほど演技の出来ないひとも珍しいからな。普段はどれだけ繕っていてもね。


「私があなたと初めて会った夜のことを覚えてる? あの晩の帰り道、赤嶺は珍しく熱心に奥さんのことを話していたわ。『普通の主婦にしとくのはもったいな い』って。『最高の素質があるのに』って。―――もう三年近く前の話になるわね」


 私の想いを読み取ったように、淡々と言う明子の声が恐ろしかった。


「私の後輩が以前言っていたわ。赤嶺が怖い、と。普通のひとならブレーキをかけずにいられないところで、平気でアクセルをかけそうだ、と。どうしてそんな ことが出来るのか、私には分かるわ。赤嶺には失うものがないのよ。地位も名誉も赤嶺は持たないし、そもそも興味がない。人生自体が死ぬまでの暇つぶしみた いなもの」
「狂ってる・・・・」
「そうかもね。でも、なあんにも持っていないなのは、赤嶺だけじゃない。あなたの奥さんも同じよ。家族もない、頼れるひともいない、あなたとは別れる決意 をした。お金もなく、行き場もない。まるで―――ビートルズの“ノーウェアー・マン”ね」

 ふっと明子は遠い目をした。

「でも、ただひとつ違うのは、奥さんにはまだ産まれていない赤ちゃんがいるってこと。子供だけが奥さんに残された最後のものなのよ。だからどんなに行き場 がなくても、生きなくてはならないし、生きようとする。それで赤嶺が持ち出した契約を交わしたのよ。つまり―――私と同じ立場になるって契約。いえ、もっ とわるいかもしれないわね」

 凍りついた私の瞳を覗き込むように、明子は見た。

「当面の住居や衣食、それから出産にかかる費用を、赤嶺は個人ですべて負担する。その代わり、奥さんはS企画専属の“女優”になる。契約期間は無期限。し いていえば全国の視聴者と赤嶺が『もういい』と思うまで、ということになるのかしら」
「馬鹿な・・・・」私は呻いた。「そんな無法な契約があってたまるか」


 一方で、私はこの間の赤嶺との電話を思い出していた。
 あのとき、あの男は―――


 ――― 一時期はかなり精神的に錯乱していたけれど、最近は落ち着いてきたようでね。今は腹の子供を無事に産むことだけを考えている。奥さんが望むのなら、俺は出 来るかぎり、その援助をしてやるつもりさ。

 ―――今は奥さんとの個人契約さ。奥さんの望みを叶えてやるかわりに、俺は俺の望みを奥さんに叶えてもらう。奥さんも―――それは承知でいる。


 しれっとした声音で、そんなことを言っていた。
 そして―――


 ―――今は、仕事のほうが忙しいんだ。ちょうど有望な新人女優が入ったところでね。久々に仕事への意欲で燃えているところさ。


 そんなことも、
 言っていた。


「憤りはごもっとも。私だってふざけるなと思ったわ。でも赤嶺は本気よ。残念なことに奥さんも納得してる。といっても、今の奥さんが普通の精神状態にある のか、という点についてはおおいに疑問があるけれど。もっと残念なことがあるわ。契約の一部はすでに履行されたの」



 ケイヤクノイチブハスデニリコウサレタ。




「それは―――」


 それはどういうことだ?


 膝に抱えていた手提げから、明子が一枚のケースを取り出した。


「赤嶺の部屋から持ち出したものよ。奥さんが映ってる」

 それは銀色に鈍くかがやくDVDだった。


「―――どうする?」


 明子の問いに私はしばらく答えられなかった。
 呼吸が圧迫されている。苦しい。遼一の話を聞いたときにも苦しくてたまらなかったが、今やそれは死を感じさせるほどに逼迫していた。


「あなたに見る気がなければ、これは私が持って帰るわ」
「見るよ」私はやっと答えた。「俺はどうしても見なくちゃならない」
「そう」
「・・・もうひとつだけ聞きたい。君はどうして今日、ここへ来たんだ?」
 明子は立ち上がった。
「それはこのDVDをあなたが観終わった後で話すわ。―――そろそろ行きましょうか。あなたの部屋へ」
  1. 2014/10/15(水) 01:10:40|
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卒業後 第60回

 バーを出て、私たちはそろって荻窪の私のアパートへ向かった。
 一まわり歳上の、一人暮らしの男の部屋に、明子は躊躇することなく上がった。
「殺風景な部屋ね」
 的確な感想を述べる明子に答えず、私はノートパソコンをつける。この部屋にはテレビもデッキもないため、DVDはパソコンでしか見れない。
 明子は黙って先程のディスクを渡した。
「ここまでついて来ておいてなんだけど、私、外へ出てたほうがいいかな?」
「いや、そばにいてほしい」
 彼女の目的が分からないなりに、私はすべての事情を知る明子にそばにいてほしかった。
「わかった」
 私のとなりに、明子はぺたりと腰を降ろした。



 映像が―――始まる。

 パソコンの画面に、妻が映った。一月近く姿を見ていない妻。以前会ったときもあまり顔色が冴えなかったが、今、こうして無機質なディスプレイに映る彼女 の顔は、妊娠して肉がつくどころか、一回り小さくなったようだった。痩せて、目が大きく、鼻梁が高くなったように見える。
 水色のブラウスに、薄い白のカーディガンを羽織っていた。そのどちらにも見覚えはない。場所は―――どこだろう。どこかのバーのように見える。さっき私 と明子が出てきたバーより、もっとうらぶれた感じの場末の酒場のようだ。
 カメラは舐めまわすように、少しうつむき加減の妻を撮っている。このカメラを扱っているのが、佐々木という男なのか。

『奥さん、もっと顔を上げて。カメラをきちんと見て』

 その佐々木のものらしい、叱咤する声が飛んだ。
 妻が顔を上げて、正面からカメラを見た。以前は透きとおるようだった瞳に、何かぼんやりとした膜のようなものがかかっているように感じる。カメラ越しに も痛いほど妻が緊張しているのが分かった。それだけで私まで怖くなった。
 カメラが横にずれて、知らない中年男の横顔が映る。太って崩れた体型をした男。顔のあちこちに染みがある。「彼が金倉よ。“男優”の」と明子が囁いた。

『さて、じゃあ自己紹介しようか。奥さんの名前とそれから歳ね』
『はい』

 画面の妻が返事をして、何か言いかけたところで、

『奥さん、何度も言わせないでよ。もっとちゃんとカメラを見なきゃ』

 と、佐々木の声が飛んだ。

『申し訳ありません』 

 妻は詫び、相変わらず緊張したまなざしでカメラを正視した。

『私の名前は瑞希と言います。名字は・・・・・勘弁してください。歳は35歳です。よろしくお願いします』

 ぺこりと、妻は頭を下げ、それから言われたとおり、カメラを向いた。

『瑞希さん、ね。―――いえいえ、こちらこそ今日はお世話になりますよ、いろいろとね』

 画面の端で、金倉が下卑た笑みを見せる。そのやにさがった表情と黄色い歯を見て、私は気分が悪くなった。

『それにしても奥さん、綺麗だねえ! 35にはとても見えないわぁ。よく言われるでしょ、そんなふうに』
『言われません』
『ご謙遜、ご謙遜。さあて、それじゃ、その綺麗な奥さんがどうして今回AVに出演することになったのか、ご本人の口から説明してもらいましょうか』
『私は―――』

 口を開き、開いたところで、妻は絶句した。瞳はかろうじてカメラを向いているが、視線は左右を彷徨っている。

『また、固まっちゃった。何しろ初出演なもので、奥さん、緊張しております。そんな怖いことは何もないのにねえ』

 金倉がカメラを見て、にいっと笑った。

『こういう初々しい反応もいいでしょう? でもね、この奥さん、見かけによらないの。本性はとんでもない淫乱なんですよ。そうでしょ、奥さん?』
『・・・・はい』
『何が“はい”なのかきちんと言わなきゃ駄目だよ』
『はい。仰るとおり・・・・、私はとんでもない淫乱です』
『あはは、そうそう。結婚する前も、結婚してからも、もの凄い数の男と関係を持ってきたんだそうです。それもほとんどは自分から誘いをかけて、ね。そうで しょう?』
『はい。私から誘いをかけました』
『それで色んな男に抱いてもらったんだ?』
『はい。抱いてもらいました』
『そんなふうに結婚してからも淫乱な男遍歴を重ねているうちに、ついに天罰が当たって、他の男の子供が出来ちゃった。驚くなかれ、この奥さん、現在も妊娠 中なんですよ』

 カメラがすっと下にずれて、妻の下腹部を映す。

『まだ間がないから、お腹はぽっこりしていないけどね。この奥さん、ゴムの感触が嫌いで、相手の男にはいつもスキンなしでやらせていたそうです。そうだっ たよね?』
『はい。いつも・・・・』
『いつも、何? ちゃんと言葉に出して言わなきゃ。私は生でされるのが好きでした、って』
『はい。私は生でされるのが・・・・好きでした』
『そうじゃなきゃ感じられないんでしょう?』
『はい。感じられません』
『まあ、自業自得だね。それで結局、不義の子供を宿すことになった。でしょう?』
『はい。私は―――』

 妻の顔はいっそう蒼褪めていた。


『不義の子供を・・・・宿しました』


『ふふふ。でも結局、妊娠したことが旦那さんにバレちゃって、三行半をつきつけられちゃった。それで生活費と出産費用を稼ぐために、こうしてAVに出るこ とになったとそういうわけなんですね。可哀相にねえ、奥さん。だけど本当に可哀相なのは、もとのご主人のほうだよね。浮気されて、子供まで作られちゃって ねえ。奥さんだって、それは分かるでしょ?』
『・・・・はい』
『じゃあ、謝ってみせてよ。カメラ越しに旦那さんがいると思ってね。ほら、早く』

 強制され、妻はあらためてカメラを見つめた。
 長い睫毛が2,3度しばたく。
 ふるえる唇が動いた。


『本当に・・・・申し訳ありませんでした』


『なんだかよそよそしいなあ。心もこもっていないみたいだし。まあいいや。旦那さーん、もしこのビデオを見ていたら、今日はぼくがあなたに代わって、奥さ んにたっぷりお仕置きをしてあげますから安心してくださいね』



 何だ。
 何だ、これは。



 声にならないうめきを私はあげた。


「落ち着いて。まだ始ったばかりよ」

 明子が囁き、私の手をぎゅっと握った。

「だって、これは・・・・・これは何一つ真実を語っていない。嘘ばっかりだ」
「当たり前じゃない。これは作られたAVよ。金倉が言っていることも、奥さんが言わされていることも、すべてが作り事の設定にすぎないわ」
「だけど・・・・残酷すぎる。こんなものは・・・・・残酷すぎる」
「分かるわ。分かってる」私の手を握る明子の手に力が加わった。「少し、休憩する?」

 私はその手を邪険に振り払った。

「まだ・・・・・始ったばかりなんだろう」
「そうよ」

 穏やかに明子は答える。
  1. 2014/10/15(水) 01:12:19|
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卒業後 第61回

 パソコン画面のなかでは相変わらず、金倉が愚にもつかないことを言い、それに妻が律儀にこたえる場面がつづいている。


『しかし―――奥さんの子供も可哀相だよね。不倫してデキちゃったうえに、母親がAV女優じゃねえ。おっと、見ている方に説明しておくと、奥さんのビデオ 出演はこれ一本で終いではありません。S企画の専属として、奥さんが歳をとって商品価値がなくなるまで、もしくは会社が潰れないかぎり―――あはは、私が こんなことを言っちゃいけない―――ずっと女優業をつづけてもらいます。そういう契約だったよね?』
『はい』
『大丈夫、奥さんなら50までは余裕でいけるね。でも、もうその頃には赤ちゃんも中学生になってるわけだ。きっと学校でも虐められるよ、母親がAVなんて 出てたら』
『・・・・はい』
『可哀相でしょう。奥さんのせいで、子供がそんな目に遭っちゃ』
『はい』
『―――ぼくの友人でねえ』金倉は目を細めた。『子供を欲しがってる夫婦がいるんだ。旦那のほうが不妊症でねえ。奥さんの産んだ子供ならきっと可愛いにち がいないから、彼ら、養子にしてくれるかもしれないよ。ぼくから頼んであげようか』

 うなだれた妻の肩を撫でながら、金倉はよどんだ笑みを浮かべる。

『ね、そのほうがいいよ。奥さんはAV女優としてビデオ出演をつづけながら、足長おじさんならぬ足長おばさんになって、稼いだお金を毎月送金したらいい。 この仕事もなかなか厳しいんだ、そもそもが子育てしながら出来るもんじゃない。奥さんには毎月何本も出演してもらうつもりだし、淋しいなんて思う暇もきっ とないよ。―――誰にとってもそのほうが都合がいいと思うんだけど、どう?』

 こたえない妻の頬を、金倉の指がつついた。

『ほら、返事はどうしたの?』
『はい』
『カメラ見て。赤ちゃん、養子に出すね? 子供にとってもそれが一番いいんだよ』

 聞き取れないほどかすかな声で、妻は『はい』と言った。カメラがぐーっと近寄って、その表情を大写しにする。顔を上げ、妻がそのカメラを見返した。切れ の長い瞳が濡れていた。

『ああもう、駄目じゃない、泣いちゃ。これじゃ、よってたかって奥さんを虐めてるみたいだ。ぼくはこれからの同僚として、奥さんのためを思って言ってるん だからね』

 薄笑いを浮かべながら、子供をあやすように金倉の手が妻の頭を撫でた。抗わず、それを受ける妻の総身はいつにもまして小さかった。


『ほら、奥さんの仕事の第一歩だよ』

 座席の下の鞄から、金倉が大きめの包みを取り出した。

『今日の衣装が入ってる。とりあえず、それに着替えてもらうから』
『あの・・・・どこで?』
『トイレでいいじゃない、そんな、着替えくらい。あ、今着けてる下着は全部脱ぐこと。奥さんはこれからノーパンノーブラで過ごしてもらうからね』

 妻はまだぼうっとして、渡された包みを、まるで大切なもののように胸に抱えている。

『指示されたことは手早くするんだ。たかが着替えでしょ。これから奥さんは、監督の指示があれば、いつでもどこでも素っ裸にならなきゃいけないんだよ』

 にやにやしながら、金倉は妻の小さな耳たぶを引っ張っる。
 ほんの一瞬、苦しそうに眉根をたわめ、妻は―――カメラではなく、その右側をすがるような目で見た。
 そのとき―――



『どうしてそんな顔をする? 約束しただろう』



 聞き覚えのある―――声がした。


『今日は“いや”は許さないよ』



 間違いない。
 赤嶺の声だ。

 すっかり忘れていた。画面には映っていないが、この場には赤嶺もいるのだ。妻を監視するためか、それとも“監督”として指示を出すためか―――。
 ずっと痛みつづけている胃の腑が、その声を聞いた瞬間、灼熱とともにでんぐり返るような心地がした。激しい憎悪。眩暈。しかし、妻は赤嶺の声を聞いて一 瞬うなだれ、それから立ち上がって画面から消えた。
 そんな妻の姿にも、私の胸は張り裂けんばかりに痛んだ。



 妻が―――戻ってきた。

 ノースリーブの黒のドレスを着ている。胸元の切れ込みがえぐるように深く、剥き出しの色白の乳房の半球が見えている。羽織った黒網シースルーの上掛け は、その露出をかえって妖しく目立たせていた。どう見ても、堅気の女の服装ではない。ここが普通の酒場なら―――そのようだが―――客の目が妻に集まって いることは想像に難くない。それを証明するかのように、うつむいた妻の頬には血の気が差していた。

『おー、綺麗、綺麗。奥さんは細身だから、ドレスがよく似合うわ。あんまり綺麗だから、店のひとたちも皆、奥さんを見てるよ。ほらほら、何、うつむいてる の。顔を上げて、堂々としてなきゃ。それから脱いだ下着も渡して。―――よしよし、いい子だよ、奥さん』

 金倉の声が聞こえるが、カメラは妻のあらわにされた胸の辺りをズームアップで撮っている。蒼みがかって見えるほど白い乳房は、うっすらと血管さえ透けて 見えていた。

『奥さん、着痩せするタイプなんだね。想像してたより、ずっと大きなおっぱいだわ。むっちりしてて、形も良いし』

 肉でたるんだ金倉の手が、シースルー越しに妻の乳房に触れた。大きさと柔らかさを確かめる動きで、醜い手が色白のふくらみを撫でさする。

 不意に、その手が上掛けを横にはだけさせ、妻の肩から下がびくりとふるえた。

『動いたら、後でお仕置きだからね』

 金倉の声。カメラは相変わらずアップで、妻の胸を撮っている。ふくらみにようやく引っかかっているようなドレスの、片方の乳に金倉の手がかかり、すっと 下に引きはだけた。


 ぽろん、という音が聞こえそうな具合に、妻の左の乳房が露出した。


『う・・・・』と小さな声が聞こえ、妻の左手があらわにされたものを隠そうと動く。


『動くなと言っただろう、奥さん』


 さっきよりもどすのきいた声で、金倉が言う。


『何ならここで素っ裸になってもらってもいいんだよ。奥さんは逆らえないんだし。もっと羞ずかしい目に遭いたいんなら、俺はそれでもかまわないよ』


 妻の手が―――止まる。だが、そのふるえはやまない。


『小さくて可愛い乳首だねえ。淫乱なわりには綺麗な色をしているじゃない』


 ねっとりと絡みつくような声とともに、金倉の手指が雪白の丘に息づいた薄紅の乳首を摘まみ、こりこりと弄る。
 ほとんど、自分自身が蹂躙されている気分で、私は息を呑み、それを見つめた。
 芋虫のような手が、ようやくドレスを引き戻す。

『さあて、奥さんも少しほぐれたところで、場所を変えようか。しばらくはその格好で街を歩いてもらうよ。堂々と背筋を伸ばして、ね。羞ずかしがってたりな んかしたら、奥さんが余計辛い目に遭うだけだよ。―――ほら、しっかり立って』

 妻の小柄な背を、金倉がぽんぽんと叩いて促した。
  1. 2014/10/15(水) 01:14:40|
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卒業後 第62回

 どことも知れぬバーでの場面は、そこで終わった。

 画面が切り替わる。

 次に現れたのはホテルの一室らしき部屋で、金倉はベッドに腰掛け、妻はその隣で肩を抱かれている。
 私が驚愕したのは、まるで台風にでも遭ったかのように、妻の着ているドレスのところどころが破け、衣服の下の肌までが露出していることだった。先程まで との一番の違いは、スカート部分の丈で、それは膝どころか生白い太腿まであらわに見えているのだ。私は今まで妻がミニスカートを履いているのさえ、見たこ とがなかった。


『奥さん、始ったよ。カメラ見て』


 金倉に促されて、妻が正面を向く。その顔色だけですでに妻がかなり消耗しているのが分かる。

『さて、あれから我々は大阪の街をちょっと歩いて、ホテルに入りました。途中、またちょっと奥さんが我がままを言ったので、罰として、ドレスのあちこちを 鋏で切っちゃいました。お分かりでしょうかね』

 金倉の手が生白い太腿を撫で、それからスカートの端を摘まみあげた。それは丈を短くされただけでなく、縦に長く切れ込みを入れられていて、摘まみあげら れた箇所から、腿の付け根までの一部があらわになる。

『ここもね』

 胸の辺りに指がかかる。もともと襟ぐりが深く、乳房の半分までが露出しているようなドレスだったが、その下部にも切れ込みは入れられ、指で押さえられる と黒の布生地は乳丘を横断するように隠しているだけにすぎず、まるみの形がほぼ完全に分かる。

『まるで強姦された後みたいな格好でしょ』

 あはは―――と金倉はわらった。
 ぼろぼろのドレスをまとった妻は、その隣で微動だにしない。
 疲れた表情は本当に強姦されたようだ。

 もともと人ごみが苦手なたちで、あまり外へは出たがらず、たまに街中を歩くとすぐに人に酔ったような感じになる妻だ。あのドレス姿でも相当なものだった ろうに、こんな惨めな格好をさらしながら歩くのは、私が想像するよりもっと負担だったろう。
 辛いという以上に―――、
 私はなんだかひどく哀しくなってしまった。

『まあ、これで奥さんも懲りて、おとなしく言うことをきくそうです。何しろ、初出演なのでね。ぼくらも相当やさしく接してあげてるつもりなんですが。 ―――それでは奥さん、服を脱いで、全国の皆さんに自慢のヌードを見てもらおうねえ』

 はい、と―――妻は答え、立ち上がった。
 無惨に切られたドレスのホックが外れ、するりと床に落ちる。

 妻は裸になった。

『手で隠そうとしない。気をつけの姿勢になるんだよ』

 カメラが近づいていく。

 色白の肌を、頼りないほどに細い手足を、豊かな黒髪に隠れたうなじを、つんと張りつめた乳房を、太腿のあわいにそこだけ漆黒を見せる恥毛を。

 さまざまな角度から、生まれたままの頼りない裸身を、無機質なビデオカメラが舐めていく。記録していく。

 気が―――狂いそうだった。
 カメラ越しに見える妻の裸身は、よく見知っているはずなのに、まるで他人のもののようだ。けれど、皮肉なことにその裸身が他人のものではないことは、 今、私がこうして感じているあまりにもリアルな痛みが証明している。

 ふと―――横からの視線を感じた。
 傍らの明子が、私の顔をじっと見つめていた。

「何?」
「いいえ、何でもないわ」

 しごく落ち着いた声をそう答える明子に、私は不審なものを感じたが、今はそれを気にする余裕もなかった。


 カメラが妻の全景を舐めまわす間、妻はじっと直立不動の姿勢で立っていた。

『奥さん、顔もいいけど、身体はもっといいね。どこも崩れていないし、色白だし、男好きのするエロい身体だ。スレンダーなのに、出るとこは出てるし』

 言いながら、ぶよぶよした手でなめらかな臀を撫でた。

『この身体なら絶対に売れっ子になれるよ。デビューするにはちょっとトウが立っているけど、今は熟女が人気だからねえ。長く活躍できるはず。いい時代でよ かったね。奥さん、しっかり稼ぐんだよ』

 ぴしゃり、と裸の臀部を、金倉の手が打つ。

『返事はどうしたの?』
『はい。すみません』
『そうそ。そんなふうに素直に返事しなきゃね。じゃあ、奥さん、女優デビューにあたって、新しく生まれ変わったところを全国の皆さんに見せてもらおうか。 そこに座って』

 声とともに指差した床には、青いビニールシートが敷かれていた。
 言われるまま、妻は細い肢体をそのシートの上に正座させた。

 金倉がいなくなり、浴室から何かを持ってきて、正座した妻の前に置いた。


 カメラに映されたそれは、湯の入った桶、ボディーソープ、そして剃刀だった。


『今日で奥さんはこれまでのすべての生活と手を切ることになる。それはもう分かってるね?』
 わずかに痛みを堪える顔で、しかし妻は『はい』と答えた。
『これからがあんたの第二の人生だよ』
『はい』
『これはその記念の儀式だね』ふざけたように重々しい口調で言う金倉の口元は、下卑た笑みを刻んでいた。『自分で剃刀を当てて、あそこの毛をすっぱり剃っ てみせてよ』

 妻は―――うつむき、じっと目の前に置かれたものを見た。

『大丈夫。奥さん、雰囲気が若いから、パイパンもよく似合うさ』

 妻はまだじっとして、微動だにしない。いや、出来ないのだろう。

『いつまでもぐずぐずしてると、またきついお仕置きだよ。ほら、早く』

 いらいらとした声を金倉があげる。私には分かる。この男は本当はいらついてなどいない。ただ―――妻を嬲ることに悦びを覚えている。吐き気を覚えずにい られない、そんな声の調子だ。

 小枝のような指が、剃刀を手にとった。



 眩暈がする。
 眼球の底が乾いているのが、自分で分かる。
 そんな乾ききった眼がとらえる画面の中の妻は、しゃがんだ姿勢で自らの股間に剃刀を当てている。
 わずかに股を開き、泡立ちをまぶしたそこを、妻の繊手に握られた剃刀が危うげな動作でなぞっていく。

 あまりにも惨めで、滑稽な光景だった。それを私の妻が演じていた。

『もっと股を開かないと、怪我をするよ』

 笑いを含んだ声で、傍に立つ金倉が言う。

『剃り残しがあったら余計おかしく見えるからね。奥さん、濃いほうじゃないから、簡単なことだろう』

 妻がさらに脚を拡げる。剃刀が引かれる。剃りとられたものが泡立ちにまぎれ、浮いている。
 カメラは冷静に、克明に、そんな妻の所作を記録している。

 左手が桶の湯をすくいとって、その部分にかけた。洗い流されたそこには、くっきりとした縦筋だけが刻まれていた。
 金倉がタオルを渡す。それを受け取って、妻は自らの手で姿を変えさせられた股間を拭い、それからシーツの上にこぼれたよごれをぬぐった。

『終わったの? じゃあ、そのシートの上に仰向けに寝てみてよ』


 言われたとおり、妻は仰向けに横たわった。
 飾り毛を失った秘部が、無残なまでに白く、あらわだ。


 変貌した裸身を晒し、瞳を閉じて横たわった妻が、何かの供物のように見えて―――
 私の胸を激しく衝いた。


『膝を上げて。脚、もっと開いて。―――もっとだよ。膝を両手で抱えて、そうそう、いい格好だよ』

 金倉の指示で妻がとらされた格好は、まるでおむつを取り替えるときの幼児のそれだったが、童女と化した妻のその部分が割れて内側に覗いた生々しい薔薇色 の器官は、大人の女性のそれに違いなかった。
 カメラが無毛のそこに近づく。

『綺麗に剃れてるよ、奥さん。まるでおぼこみたいだ』

 膝を抱え、外に拡げている腕が、ぴくりと動く。

『これからしばらくは毎日自分で剃るんだよ。産婦人科の検診もパイパンでいってもらおうかね。医者の先生、きっとびっくりするだろうな。ちゃんと、自分の 趣味で剃りましたって言わなきゃ駄目だよ』

 くすくすと笑いながら、金倉は仰向けに横たわる妻の足元にかがんだ。


『動くんじゃないよ』


 金倉の指が、あらわな裂け目をすっと左右に拡げていく。
 鮮やかな妻の内側が露出した。カメラがまた近寄って、その部分を撮る。


『とっても綺麗だよ、奥さん。本当におぼこみたいな色だ。淫乱のくせに、ね。こういうの、特殊体質って言うのかな。モザイクではっきり見せられないのが、 皆さんに申し訳ないくらいだ』


 言葉とは裏腹に、私と明子が見ているこの画面は、何の加工も施されていない。だから、妻のその器官の形も、金倉の言う『おぼこみたいな色』も、何もかも があらわだった。
 妻のすべてが、カメラの前にさらけだされていた。


『ほら、奥さん、言うんだよ。“生まれ変わった私を見てください”って、この映像を見てる全国のひとたちに』


 花弁をくつろげながら、一方の手で金倉は妻の内腿をぴたぴたと叩いた。


『“これからもずっとこの****をよろしくお願いします”ってね。ちゃんと気持ちを込めて言うんだ』


 その瞬間も、カメラは動かなかった。
 金倉の手で拡げられ、内奥をさらした女の器官がただ映されつづけるなかで、切れ切れな妻の声が流れた。



『生まれ変わった私を・・・・見てください』



『これからも・・・・よろしくお願いします』



 私はたしかにそれを聞いた。
  1. 2014/10/15(水) 01:16:34|
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卒業後 第63回

『はーい、よく言えました。―――おっと、まだそのポーズ崩しちゃ駄目。そのままじっとしてるんだよ』

 金倉が画面から消え、すぐに鞄を抱えて戻ってきた。


『この鞄には今日、奥さんと遊ぼうと思って持ってきた玩具がいっぱい入ってるんだよ。全部、試させてもらうからね』


 そんなことを言い―――
 まず、金倉が取り出したのは、何の変哲もない赤いゴムテープだった。

『奥さんは縄には慣れているそうだけど、今日はこれだよ』

 仰向けに横たわり、膝を肘の部分でで支え持って、あたかも蛙のような姿勢で股を開いている妻。
 その妻の両の肘と膝を、金倉はゴムテープでぐるぐるに巻いていく。
 肘と膝を交差させられたまま、無毛の股間を開ききった屈辱的な格好で、妻の手足は不安定に宙空をぶらぶらと漂っている。

 つづいて金倉は鞄から、黒い筒のようなものをふたつ取り出した。トイレットペーパーの芯を少し大きくしたようなそれに、カメラが寄る。
 カメラに向け、金倉は黒い筒をぱかっと開いて見せた。どうやら枷のような器具らしい。それぞれにテグス糸がぶらさがっていた。
 宙に浮いた足首を引き寄せ、金倉はその枷を嵌めた。つづいてもうひとつ。妻の細い足首の両方に、無骨な足枷が付けられる。
 そして―――
 金倉はその足枷にぶらさがっている短い糸を掴んで、先端をカメラの前にかざして見せた。


 糸の先に、極小の洗濯ばさみのような器具が付いていた。


 金倉がにやりと笑い、剥き出しの妻の性器の陰唇を摘まむ。


 まさか―――
 厭な汗が私の背中をつたいおちた。


『ちょっと痛いかもしれないけど、すぐよくなるから我慢するんだよ』


 摘まみとられた片側の陰唇を、洗濯ばさみ状の器具が、噛んだ。


『あううっ!』


 疲れきったようにされるがままになっていた妻が悲鳴をあげ、腰の辺りが跳ね動いた。


『慌てない、慌てない。ほら、もう一個』


 悲鳴とともに、もう片方の陰唇にも器具が取り付けられた。―――


 足枷と妻の花弁を挟みとった器具を繋ぐ糸は、ごく短い。
 ゆえに、留められた妻のその部分は伸びきり、蝶の羽のように広げられた状態になっている。妻がもがいて脚を動かせば、陰唇はさらに引っ張られ、痛みは増 すばかりだろう。


 あまりにも酸鼻な光景。だが、それで終りではなかった。


 次に金倉が鞄から取り出したのは―――首輪だった。


『ふふふ、これはね、奥さんご愛用の首輪なんだそうですよ。これを付けられると、途端に牝犬に変わってしまうという魔法の首輪―――。でも今日はそれだけ じゃないんだなぁ』

 カメラに映し出された首輪にも、足枷と同じように、テグス糸が付けられていた。
 その先に付いていたのは―――これは小さいリング状の器具だ。

 無惨なまでに拡げられ、充血した肉襞をさらしあげられている妻の秘裂に金倉の指が伸びて、先端だけがあらわなクリトリスの包皮を剥きあげる。


 完全に露出させられた微小な肉粒に、金倉はそのリングをかけ、―――絞った。


『ひゅっ』と異様な空気音が妻の喉から漏れ、総身がわななく。痙攣した足首の動きがテグス糸をつたわって、張りつめた花びらをぐいぐい引っ張り、妻は『ん ―――っ』と狂おしい声をあげた。

『そんなに暴れるんじゃないよ。大事な商売道具がちぎれてしまうじゃないの』

 愉快気に笑いながら、クリトリスを締めつけるリングに繋がった首輪をくいと引っ張る。妻がまた呻いた。

『ほら、頸を上げて。首輪、嵌めるから』

 紅潮しきり、玉の汗の浮いた妻の頬を、金倉はぱしぱしと叩いた。
 先程から、自分からは一切、意思を伝える言葉を吐かなかった妻が、そのとき初めて『こわい、こわい』と、うなされたように声をあげた。

 心の底から―――怯えきっていた。


『すぐによくなるから。奥さん、マゾの牝犬なんでしょう?』


 そして、金倉は喘ぐ妻の耳元に口を寄せた。



 ―――前にこの首輪を嵌められたとき、奥さんが何をしたか、

 ―――全部知ってるよ。



 そう、囁いたのが―――、
 私には分かった。

 
 金倉の言葉は、妻の肢体を幾重にも縛る枷以上の効果をあげた。
 見開かれっぱなしの妻の瞳が、その瞬間、さらに大きくなり、喉がごくりと鳴った。


 よろよろと―――
 仰向けの妻は頸だけをかすかに上げた。唯一自由に動かせるその箇所の、その動作が、今の妻にとっては精一杯の動きだった。


 金倉が妻の頸に首輪を取り付けた。
 ぴんと張りつめるまでテグスをたぐって、リングを嵌められた剥き身のクリトリスを飛び出させるまでたぐって、金倉はしっかりと首輪に固定した。

 蛙のような姿勢―――と先程までの妻を見て私は思ったが、いまやそれは解剖台にのせられた蛙へと変貌していた。身体のあちこちをピンで留められ、いまに もはらわたを切り裂かれそうな蛙―――。

 それは妻の『女性』へ加えられた徹底的な凌辱だった。性器の内奥も、クリトリスまでも限界まで露出させられたまま、妻はもう身動きひとつとれない。い や、ほんのわずかな身体のわななきですら、妻の身体の敏感な神経がもっとも張り巡らされた部分に、痛烈な刺激を与えるのだ。

 糸で引かれ、クリップに噛まれ、クリトリスを絞られたその器官を、カメラが大写しにした。


『まるで、活けづくりみたいやな―――』


 これは―――佐々木の言葉だ。


『綺麗な****だと思ってたけど、こうしてみるとさすがにグロテスクだね』


 金倉が―――言う。


 カメラは次に、そんなふうに―――グロテスクなまでに『活けづくり』にされた妻の、真っ赤に染まった顔をとらえた。


『奥さん、目を開いて』
『ちゃんとカメラ見てよ』
『どう? 奥さんのために用意したフルコースは』
『料理されてるのは奥さんだけどね、あはは』
『なかなか味わえないよ、こんな刺激』
『もっと嬉しそうにしてみてよね』
『ほら、わらって。奥さんのいやらしすぎる姿を皆が見てるよ』


 誰が何を言っているのか―――
 そんなことはもう、

 どうでもよかった。
  1. 2014/10/15(水) 01:19:17|
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卒業後 第64回

 性器というもっとも繊細な器官をこれでもかと拡げられきったまま、まったく身動き出来ない状態にされた妻の恐怖はどれほどのものだろう。
 しかも、その様子は冷徹なビデオカメラによってすべて記録されつづけているのだ。
 パソコンの画面越しという圧倒的な距離で、そんな妻の苦しみと接している私には、しかしとてもこれが過去に本当にあった出来事だとは思えない。
 過去。そう、これはすべて過去のことなのだ。すべて終わってしまったこと―――。
 今この瞬間、私には何も出来ない。妻がどれほど苛まれても私には何も出来ない。
 出来ることといえば―――、この映像の結末を見届けることだけだ。けれど、それは私にとっても地獄だった。



『怖がってるね、奥さん。でもそんな表情も色っぽいよ。奥さんはいじめられるのがよく似合う』
『やっぱりこの奥さん、SM専門の女優になってもらったほうがええな。これだけの美形で、NGプレイなしやったら、相当なファンが期待できるで』

 先程までは撮影に徹していたようなカメラマンの佐々木だが、自身も興奮してきたのか、今では地の言葉らしい関西弁で、積極的に妻を辱める言葉を吐く。

『輪姦、ぶっかけ、レズ、アナル、ストリップ・・・・楽しみだねえ、奥さん。これからまだまだ色んなことを経験できるよ。第二の人生というのにふさわしい じゃないか』

 哄笑とともに、金倉がまた鞄から何かを取り出した。―――これ以上、まだ何かあるというのか。

 金倉が取り出したものは、何の変哲もない筆だった。

『これ、何か分かる? そう、ただの筆だよ。奥さん、日本的な顔立ちしてるから、お習字とかも得意そうだねえ。でも、今日は奥さんが紙代わりになってもら うよ』

 紅潮しきった顔の瞳だけを動かして、妻は金倉の手にあるものを見た。何をされようとしているのか分かったのか、その瞳に鋭い怯えがはしる。

『ああ、これは経験済みなんだ。でも、今日は一味違うと思うよ。―――ほら、口を開けて』

 命じられ、眉を切なげに寄せながら、薄く開いた妻の唇に、筆が強引に押し入れられた。

『もっと口を開いて。舌でねぶるようにして、よく舐めて』

 苦しそうに鼻で息をしながら、妻は筆に舌を絡めた。
 唾液が十分に筆を湿したところで、金倉はようやく唇のあわいから筆をひき抜く。
 仰向けに横たわる妻の、若々しく盛り上がった乳房の頂点を、筆がさっと刷いた。

『たっぷり楽しませてあげるよ』

 こそぐるような動きで、金倉の筆が乳首の先をつつき、小さな乳輪の周囲をさらさらとなぞっていく。
 丹念に、執拗に。
 柔らかかった桜色の乳首が、その微弱な刺激にしこり立っていくのが分かった。

『噂どおり、いい感度をしてるね、奥さん』

 ツンと立った淡い果実に、ねちねちとした筆が触れつづける。右、左、右・・・・と交互に乳首を弄られていくうちに、ゆたかな乳房の全体が波立っていく。

『く・・・・うぅ・・・・っ』

 はぁはぁという喘ぎとともに、ふくらんだ鼻孔から仔犬の啼くような声が噴きこぼれた。

 目尻に涙が溜まっていた。その涙をすくいとった筆が、撫子色に染まった瞼や鼻頭、たおやかなうなじを撫でまわして、ついに腋下に達したとき、妻は今度こ そ高く啼いて、くなくなと頸を振った。その動きが、首輪に繋がれた糸からリングを嵌められたクリトリスへつたわり、妻のあらたな苦鳴を搾った。

『ここも性感帯? 感度が良すぎるのも考えものだねえ、奥さん。まだ****に触れないうちにこんなじゃ、最後まで身体がもたないよ』

 汗ばんだ細身のあちこちに筆を触れさせながら、金倉が含み笑いした。

 敏感な刺激を受けるたびに、拘束され、宙空に浮かんだままの手足がぴくぴくとわななく。
 金倉が仰向けの妻の下半身へいざりよった。ぶらぶらと漂う脚のそのなめらかな足裏を、残酷な筆が舐めまわしていく。

『い・・・・ぁ・・・・っ』

 か細い声とともに、きれいに整った形をした足指が蠢き、足首が引き攣れるようにくねった。同時に、足枷に付けられたテグスがぴんと張りつめ、引き伸ばさ れた陰唇がさらにめくりあげられた。


『んんんっ!』


 魂消えるような声が妻の喉もとから放たれた。


 火照り、涙と汗でひかる妻の顔がアップにされる。眉間に深い皺が刻まれ、唇が半開きの状態でふるふると震えている。


『奥さん、痛い? それとも気持ちいい? たぶんその両方やな―――』


 カメラをかまえる佐々木が、ねっとりといたぶる声で妻に言う。


『あーあ、綺麗なお顔が台無しやね。もっとええ表情せな。―――これは奥さんへの罰なんやで。今までこの淫乱な身体で、さんざん色んな男を弄んできたんや ろ? その最大の被害者が奥さんの旦那と子供や。それは分かっとるな? こら、何度も言わせんと、カメラ向けられたときは目を開いて、こっち見て』


 こいつは―――何を言っているんだろう?


 苦悶に喘ぐ妻が、ようやくのことで薄目を開いた。


『ほら、“ごめんなさい”言うてみ。今まで奥さんが生きてきて、迷惑かけたひといっぱいおるんやろ? そのひとたち全部に“ごめんなさい”言うてみ。淫乱 ですみませんでしたって、これから一生かけて償いますって、きちんと声に出して謝らんと』


 何という理不尽な要求―――いや、要求ともいえない強制。
 腹の底から、私は燃え上がるような怒りを覚えた。

 けれど―――
 妻はカメラを見た。

 私を―――見た。



『ごめ・・・・んなさい』



 ふるえる唇のあわいから言葉が零れる。


 金倉の筆がまた、妻の躯のどこかを嬲る。


『あううっ! ・・・うっ・・・あぐっ・・・ごめんなさい・・・・ごめんな・・・さい・・・あ』



 あなた―――



 最後に妻は、そう私の名前を呼んだ。



 ぐらり―――と意識が遠のいた。



『まだまだ。そうやってずっと詫びつづけるんや。許してもらえるまでな』


 彼方で佐々木の声がする。


 すっと金倉が妻の剥き出しの性器のほうへ身体を映したのが、画面の端に映った。



悪夢 その99
ハジ 2/13(水) 18:39:29 No.20080213183929 削除

「どうして、その人物が浩志くんだったのか。特定した根拠には説明が必要でしょう」

 羽生の口調からは抑揚が抜け、すっかり事務的なものになっていました。

「単純な逆算なのですが、デジカメとシャックとかいう少年が持っていた浩志くんの携帯電話が彼自身の手もとに戻っていた―――これは極めて重要な事実で す」

 そう言うと、羽生はいったんは仕舞っていた銀色の電話を再び掲げてみせました。彼が浩志から“くすねた”という―――それはディスクのなかで、あの少年 が弄んでいた機種と同型のもののようです。シャックという少年は浩志の携帯を使って、まんまと妻を誘き出し―――そして。

「待て」

 私は合点がいかず、その先を制しました。

「最後にそれを持っていたからといって、息子がその場にいたというのは早計じゃないのか。後で少年たちから譲り受けたかもしれないし、誰か他者の手を介し ている可能性だって―――そうだ。あのメモに名前のあった翔子という女の―――」
「翔子にはすでに確認を取ってあります」

 今度はお返しとばかりに、羽生のほうが口をはさみました。先ほどの携帯電話とは別のものを取り出します。

「先ほど、メールでね―――この数日間、浩志くんはずっと翔子の家にいたそうです。おそらく、今回のことがあってすぐに転がりこんだのでしょう。彼女が言 うには―――滞在中、浩志くんは限られた人間としか接触していない。そして、家を訪れたときから、ずっと、さっきの紙袋を大事そうに抱えて離そうとはしな かった」

限られた人間のひとりが例の柴崎トシキで、息子を保護した彼から私は情報を得ていたのでした。柴崎は自宅以外のところに浩志を匿っていると言っていまし た。それが翔子という女のところだったのでしょうか。

「とにかく―――浩志くんは現場にやってきた。見物に来たのか、はたまた、乱暴されている秋穂先生を助けにきたのか。詳しくはわかりません。しかし、来て はみたものの、そばには近寄れなかった。息を潜めて、遠くで隠れているしかなかった―――何故か。それはシャック―――少年たちが浩志くんに危害を加える ような発言を度々していたからです」

「おそらく、浩志くんには彼らに立ち向かう度胸はなかったのでしょう。しかし、愛する女性が辱められている姿をみて、せめてカメラだけは止めなければと、 なけなしの勇気を奮ったのです。そして、それを援護する形で―――」

「奥さんは自分に注意を惹きつけるために、あえて、あのような破廉恥な行為をおこなった。結果的に浩志くんを庇うことに成功した―――少年たちの誰ひと り、浩志くんの接近に気づかなかった。あれほどの至近距離にありながら、誰もが秋穂さんのからだに夢中になっていたから」

羽生は息継ぐ間もなく、ただ滔々と述べ続けるのでした。
  1. 2014/10/15(水) 01:21:37|
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卒業後 第65回

 声が流れ続ける。
 妻の声が。
 苦痛と快楽がないまぜになったその響き。言葉はもはや意味をなしていない。
 ビデオカメラに映し出される妻の姿は、熱病に浮かされるひとのようだった。


『ちょっとカメラ、****に向けてよ』


 先程からずっと、こじ開けられた妻の秘口を筆でねぶりまわしていた金倉が、カメラを手招いた。


『すごい濡れでしょう。こんな状態でも****嬲られると感じてしまうんだねえ、奥さんは』


 言葉どおり、潤沢に濡れ光る妻のその器官は、普段の光沢のあるパールピンクから、目の覚めるような薔薇色へと変わっていた。
 テグスで吊り出された花弁と、根元まで剥かれた肉芽が、痛々しく充血している。

『****ひくひくしてる。物欲しそうやな。奥さん、もういきたいんやろ? 我慢は身体に悪いで』

 しかし、それは無理なのだった。淫靡な筆さばきの刺激を受けつづけても、同時に間断なく与えられつづける痛苦が、官能の解放を許さない。あるいは、オル ガスムに達した瞬間に予想される、さらなる痛苦への恐怖が、妻に耐え難い忍苦を課しつづけているのだ。

『しかし―――、こっちもさすがに疲れたな。少し休憩しようか』

 立ち上がった金倉が、画面から消えた。
 カメラが妻の顔を向く。

『まるで出産中の若妻のような顔やね、奥さん』

 張りつめ、火照りきった顔色で、玉の汗を流し、奥歯をきりきり噛み締めている妻の表情は、たしかに佐々木の言うよう、出産の最中の女の顔に見えなくもな かった。

 画面には映らないが、金倉が電話をしている声が聞こえる。ルームサービスを注文しているようだ。妻にはおそらくその声も聞こえていない。ただただ、彼岸 と此岸の境界を漂っている―――そんな、表情だった。

 この場にいるはずの、赤嶺はどうしているのだろう。一度も画面には現れていない。あいつは今、どんな気持ちでこんな妻を眺めているのか。

 金倉が戻ってきた。

『手軽につまめるサンドイッチを注文してきたよ。奥さんにはフランクフルトのほうがよかったかな』

 開かれっぱなしの秘裂、そのクリトリスをひとさし指でぴんと弾いて妻を呻かせながら、金倉が悪趣味な冗談を言う。


『いやいや、奥さんはそろそろ“本物”に飢えてるところやろう。―――食べさせてあげるよ。上の口やけどな』


 かちゃかちゃ、とベルトを外す音がした。
 カメラが下を向き、佐々木のペニスが映る。
 その向こうに、薄目を開けた妻が見えた。


『口、開けて。奥さん』


 妻はぼんやりとそそり立つペニスを見つめている。
 薄い唇が―――開いた。


『しっかりしゃぶるんや、奥さん。歯を立てたらあかんで』


 佐々木のものが、妻の小さな口に押し込まれた。


『こら、太巻き食ってるんとちゃうんやから、しっかり舌を使わな』


 叱咤され、妻はなんとか口を使おうとするが、しかし、不自由な姿勢と体力の消耗のためか、しごく緩慢な動作だった。


『しゃあないな。下の口にサービスして、奥さんの目を覚ましてやってくれ』
『アイアイサー』


 ふざけた返事が返ってくる。カメラはペニスを頬張った妻の顔から離れない。
 金倉による筆の刺激が開始されたらしい。アップになった妻の顔にさっと赤みが差し、眉根が苦しげに寄せられた。
 唯一呼吸を許された鼻から、熱い息が噴きこぼれる。

『目ぇ覚めたんか? なら、舌を使って奉仕するんや。今日は私を撮影してくれてありがとう、って気持ちこめてな』

 仔兎のように紅に染まった鼻頭を、佐々木の指が弾く。
 それが合図のように、ようやく妻の舌がペニスに絡みはじめた。

『まだまだやなぁ。そんなつたないフェラじゃ、一時間経ってもいけへんわ。もっと本気だしてみいよ』
『そんなら罰ゲーム設定しようか。ルームサービスが届くまでに、佐々木クンをいかすことが出来たら奥さんの勝ち。出来なかったら、ルームサービスを運んで きたホテルの人間に、奥さんの今の姿を見てもらう』
『ええな、それ。でもボーイやったらええけど、女の子やおばちゃんやったら無理やな』
『そのときはまた別の罰ゲーム考えればいい』
『決まった。―――そういうわけや、奥さん。****おっぴろげた今のかっこ見られたくなかったら、精一杯頑張ってフェラするんやな』佐々木の声に含み笑 いが混じった。『まあ、ルームサービスくるまで、もう10分もないやろうけどな』
 その声とともに、いきり立つペニスがぐいっと押し込まれ、妻は苦しげにむせた。


 今の妻にしては、それは精一杯の努力だったのだろう。
 蜘蛛の巣のように拡げられた性器を筆で嬲られ、身悶えするたびに過敏な部分にはしる痛みに鈍い悲鳴を搾られ、汗の浮いた顔面を揺らしながら、妻は必死で 佐々木のペニスをしゃぶり、舌で愛撫した。
 汗が飛び、唇の端からよだれの糸が引く。
 凄惨な―――光景だった。
 見るに耐えない光景だった。
 そして結局、妻の努力は報われずに―――


 チャイムが鳴った。


『はーい、出ますよ』金倉が大声で言った。『―――残念だったね、奥さん。タイムリミットだよ』


 その言葉も、もうおそらく妻の耳には聞こえていない。

 金倉がドアに向かう。その様子をカメラが追う。
 途中、ちらっと男が映った。ベッドに座って、煙草を吹かしている―――赤嶺だ。
 今日―――初めて見るあの男。
 まるで他人事のように、責められる妻を眺めていた。


『ビンゴ! 若い男だ』

 嬉々として、金倉が叫んだ。

 カメラが妻に戻る。ようやく口中からペニスを引き抜かれた後も、唇は締まりを失って、ぽっかり開け放たれたままだ。
 その唇に、佐々木の指が入れられ、小さな口を横に引っ張った。そんなくだらない玩弄に抗う力はもはや妻にはない。


 金倉と誰か―――ホテルの従業員―――の会話がかすかに聞こえる。


『もうすぐお客さんがくるで、奥さん。そんな情けない顔しとらんと、しっかり笑顔で迎えて、卑猥な****たっぷり見てもらわんとな』


 妻の額に浮いていた汗が一粒、流れた。
  1. 2014/10/15(水) 01:41:13|
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卒業後 第66回

 金倉が戻ってきた。その後ろから、ボーイの制服を着た若い男―――まだ、社会人になって2,3年という年頃に見える―――が、戸惑った顔で現れた。


 無関係の第三者を突然、撮影に参加させるなどと―――そのようなことが許されるのか、これは仕込みではないのか―――私は傍らの明子に問うた。
『あんな子知らないわ』にべもなく、明子は言った。『―――まったく、無茶なことするわね』
『そんなあっさりした言葉で片付けないでくれ』私は奥歯を噛み締めた。『あいつらに嬲られているのは・・・・俺の妻なんだ』
『私に八つ当たりしないで』
 言葉とは裏腹に、明子の口調は穏やかだった。その瞳は相変わらず謎めいていて、ひどく冷静に私を観察しているような気がした。


 その、誰とも知れぬ若者は、室内の光景を見、そして破廉恥といえば破廉恥極まりない格好を強制された妻の肢体に目を丸くした。
『すごい。AVの撮影って本当だったんですね。―――あ、顔出して、本当に大丈夫なんでしょうね? 困りますよ、やっと伝手でこのホテルに就職したばかり なんですから』
『絶対分からないようにするから、大丈夫だって。それより、もっとこの奥さん見てあげてよ。この奥さん、おとなしい顔して、いやらしいとこ見られるの大好 きでね』
『さっきロビーで見かけて、綺麗な奥さんやなぁと思ってたんですよ』拘束され、仰向けに横たえられた妻の裸身に、若い男が近づいていく。『それが・・・・ こんなことされてるなんて・・・。うわぁ、すげえ。こんなに拡げられたあそこ、俺、見たことない』
『触ってもいいよ』
『え・・・・・』
『いいから、いいから』


 若い男の指がおずおずとした動きで、艶光る鮮紅色の粘膜に触れた。


『う・・・っ』という妻の呻き声が聞こえた。


『でも大丈夫ですか? ビラビラもクリもやばいことになってるけど・・・・痛くないんですか?』
『痛いのがイイんだよ。この奥さん、マゾだからね。その証拠にぐっしょりだろう、そこ』
『ええ・・・・。でも信じられないな。こんなに美人なのに、マゾだなんて』
『―――だってさ。若い子を幻滅させてしまったみたいやで、奥さん』


 カメラが妻の顔を映す。何の―――本当に何の関係もない第三者、それも一回り年下の若者にあまりにも屈辱的な裸身を視姦される恥辱に、妻は真っ赤な貌を 捻じむけ、涙の滲んだ瞳をかたく瞑っている。
 長い睫毛の先がふるふると震えていた。


『何とか言いなよ、牝犬奥さん―――』


 佐々木の指が、妻の高くとおった鼻筋をつるりと撫でた。


『いくら顔を隠そうとしても、奥さんのいやらしいところは丸見えなんだよ。彼だけやない、もうじき日本全国の男たちがあんたの身体を見るんや。こんなんで 羞ずかしがってるのは阿呆らしいで』


 ほら、ちゃんと顔を見せて、彼に自己紹介せな―――


 佐々木はくなくなと頸を振る妻の鼻を掴み、強引に顔を正面に向けさせた。妻の口がぱくぱくと開いて、何かを言った。


『何? よぉ聞こえんわ』
『・・・・む、むり・・・・・です・・・、そんなこと、でき―――――あぐっ!』


 いつの間に横たわる妻の顔の隣にいざりよった金倉が、首輪とクリトリスを繋ぐ糸をつよく弾きたて、その言葉を中途でさえぎった。


『“いや”はなし。“無理”もなし。“できない”もなし―――だよ。今日は奥さんの覚悟を見るためにこうしてわざわざ集まってるんだ。これ以上我がままを 言いつづけるのなら、あの約束も守れないよ』


 約束―――?


『う・・・っ、・・・・あうっ・・・・・や、やめてください・・・それ・・・ちぎれちゃう・・・』
『それなら、早く言わないと。ほら、こんなふうに―――』


 下卑た笑みをカメラに見せながら、金倉が妻の耳元に口寄せる。
 細やかな柳眉が新たな恥辱のために、きつくしかめられた。


『分かったね? じゃ、目を開いて、坊やの顔をきちんと見て。まずは名前と歳から、彼に告白するんだ』


 目元が赤く染まり、潤みきった瞳がようやく開かれる。



『わたしの・・・名前は・・・・瑞希です』



『歳は・・・・35です』



『へえ! そんなにいってるんだ。全然分からなかった』
 間抜けな相槌を、若い男がいれた。
『思ったより年増でがっかりか?』
『いや、そんなことは・・・・・』


『次は? 奥さん』
『本日は・・・・はしたない格好で・・・・失礼しております』

 佐々木が哄笑した。

『たしかにはしたない格好やな』
『―――それで? つづきはどうしたの?』

 口ごもる妻に、焦れたように金倉がまた糸嬲りを再開する。



『あっ、あっ、やめて!・・・・・見苦しいところをお見せして・・・・ああ・・・・本当に・・・・すみません』



『皆さまが仰られたとおり・・・・わたしは・・・・みだらなマゾ女・・・・です』



『そんなのは今のあんたを見れば一目瞭然やけどな』嘲るように佐々木が言う。『ほんで?』



『皆さまに可愛がっていただき・・・・・いやらしく・・・・濡らしてしまった・・・わたしの・・・・・・わたしの・・・・』



 ****―――



 語尾が消え入った。



『お目にかけやすいように・・・・・・いっぱい・・・・ひろげ・・・・ていただきました・・・・・ありがとう、ございます・・・・・どうか・・・・・よ く・・・・よく、ご覧くださ・・・・い』
『見られるの好きやもんな、あんたは』
『は・・・・・い』
『まだあるでしょ、奥さん。最後まで言わなきゃ』



『お気に・・・・召しましたら・・・・・どうぞ・・・・ご自由に・・・・・お触りください・・・・・わたしを・・・・・悦ばせて・・・・ください』
『マゾの奴隷奥さんのくせに、えらく都合のいい要求やな、それは』
『申し訳・・・・ありま・・・せ・・・』


 嗚咽がついに言葉をかき消した。


『まあ、そうゆうことやから、君、この奥さんの躯、好きにしてええで』


 カメラが若者を向く。
 呆然とした顔で、若い男は妻を見下ろしていた。


『すげえ・・・・・ほんまにAVみたいや』
『今さら何を言うとるんや』佐々木は苦笑した。『でも、威勢よくち*ぽ勃っとるな。若いだけあって頼もしいやないか―――』
  1. 2014/10/15(水) 01:42:35|
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卒業後 第67回

 私は今まで、アダルトビデオというものをあまり見たことがなかった。
 いつ頃から規制が緩くなったのか、私は知らないけれど、ずいぶんと過激なものが増えたというのは知っている。
 そこには剥き出しで、底のない欲望と妄想があふれているようで、同じ男でも、背筋がぞっとするようなものがあった。
 はるか昔、赤嶺にそんな感想を言ったことがある。
 赤嶺はふんとわらって、それは皮肉のつもりか、と言った。私は苦笑して、そんなつもりはない、と答えた。

『言いたいことは分かるぜ。そうだ、実際醜いね。集団ぶっかけ、顔射、中出し、スカトロ・・・、はては獣姦なんてものもあるな。醜くて、どろどろした男ど もの欲望。だからこそ、面白い。ネットと同じさ。規制が緩くなって、リスクなしで楽しめると分かれば、ひとはいくらでも醜くなれる。ある女の作家が書いて いたよ。AVってのは、不幸な女、或いは女の不幸を男たちが覗き見て楽しむものなんだってね。偏見まじりの意見だが、なるほどと思えなくもない』


 その説でいくと、さしずめ俺なんかは、女たちの不幸を食い物にして生きているってわけだ―――


 悪びれるわけでもなく、赤嶺はしゃらりと語った。

『お前はそれでもいいのか? 疑問に思ったりはしないのか?』
『聖人君子みたいなことを言うなよ。お前も俺もご同様、すばらしき男たちのひとりだぜ』赤嶺はふっとわらった。『だいたい幸不幸なんて概念は曖昧だね。男 も、女も、人間すべてしょせん獣の一種だろう』

 つづけて、言った。


『―――獣には、そのときごとの快、不快しか問題にならないのさ』


 あれはそう、まだ妻と結婚する前の、あいつとの会話―――。



 そして、今―――
 パソコンの画面には、獣たちが蠢いていた。
 
『ご自由にお触りください』―――その強制された妻の言葉を受けて、若いホテルボーイは目の色を変えながら、年上の女のひらかれきった女体のあちこちを、 指と舌で試していた。

『あそこの毛、剃ってるんや・・・。俺、女のあそこ、こんなにはっきり見たの、初めてですよ』

 興奮で声をふるわせながら、若者は無残に糸吊りにされ、紅蓮の肉をさらすそこに指を触れさせた。


『熱い。それに・・・、ひくひく動いてる』
『感じてるんだよ。それにしても、君も奥さんに感謝しないとな。こんなにぱっくり****開いて見せてくれてるんだから。なかなかいないよ、ここまでして くれる女は』
『彼女は絶対こんなことさせてくれないっすよ。・・・・さっきから奥さんって言ってますけど、このひと、人妻なの?』
『人妻だった、かな。―――奥さん、どうなの? 今の自分の身分を言ってみてよ』


 カメラが妻の顔に向けられる。
 佐々木は的確に、執拗に、「女の不幸」を絵にしようとしている。


『ほら、質問にはすぐに答えな。今の奥さんは何なんや? さっきも自分で言うとったやろ?』
『マ、ゾ・・・・女・・・・・・・わたし・・・・みだらな・・・・マゾ女・・・です』


 陰湿な責めを心身に受けつづけ、その様子をビデオに収めつづけられた妻―――高熱にうなされているようなその表情。切れ長の目は開いてはいたが、瞳は熱 に浮かされたように宙を彷徨っていて、ほとんど意識を失う一歩手前に見えた。


『そうそ。奥さんは自分から人妻を辞めて、ただのマゾ女に堕ちたんやったな。よく出来ましたと言いたいとこやが、“わたし”やのうて、きちんとマゾ女の本 名さらしたほうがええな。そら、年もいれて、もう一度言うてみ』

『わたし・・・瑞希は・・・・35歳の・・・・・みだらなマゾ女・・・です』

『マゾの、牝犬やな。そうやろ? 分かったんなら言いなおさんと』
『はい・・・瑞希は・・・・・35歳の・・・・・みだらなマゾ・・・・牝犬です』
『男なら誰にでも尻振ってついていくんやな。どうや?』
『はい・・・・ついていきます・・・・』
『尻を振って、やろう?』
『はい・・・・振ります・・・・お尻』
『振ってみせえや、今、ここでも』佐々木の指がぐいぐいと、妻の汗ばんだ頬を押した。『若いお兄ちゃんが、奥さんの大好きなち*ぽ勃たせて、食い入るよう に見とるで。牝犬なら嬉しそうに、尻、振ってみせんと』


 吐き気をもよおすような佐々木の言葉。しかし、妻の反応はなかった。ただ、ぐったりと弛緩していた。


『まだ、おねむには時間が早いよ、奥さん。言われたことはすぐにしないとなぁ』


 金倉の声が聞こえた。と思う間に、弛緩した妻の顔が張りつめ、額に静脈の筋が浮いた。



『んッ―――あ、あああ』



『どないしたんや、奥さん。そんな大声上げて―――』


 カメラが金倉と、その覗き込む妻のあらわな秘部に近づいた。
 金倉の太い指が、後ろのすぼまりに差し込まれたところだった。


『ここはまだヴァージンなんでしょう? 奥さん。きつくて、いい感じに指を締め付けてきますよ』


 蕾に挿入された指が、ゆさゆさと揺すられる。


『いっ・・・・痛いです・・・・そこはだめ―――』


 言葉の最後が、甲高い悲鳴でかき消えた。指から逃れようと思わず身悶えしたときに、摘まれたままの花弁と肉芽が罰を受けたのだ。


『奥さん、すぐにここでも男を受けなきゃならなくなるんだよ。なあに、奥さんはここもすごく敏感そうだし、すぐによくなるって』
『やめて・・・・そこ、やめて・・・・お願いします・・・・ごめんなさい・・・振りますから・・・・お尻・・・振りますから』


 最後はもう、ほとんど涙声での哀訴だった。
 目を丸くした若い男の、呆然とした表情が少しだけ映った。



 ・・・カメラが少し引いて、妻の仰向けの総身をとらえる。


『―――じゃあ、いこうか。教えたとおりの台詞言いながら、いいと言うまで、尻、振りつづけるんやで』


『は・・・・い』
『ほな、やってみ』



『わたし・・・瑞希は・・・・・』


『35歳・・・・』

『マゾの・・・・みだらなマゾ・・・・』

『牝犬です』

『うれしいときには・・・・お尻を振って・・・・よろこびます』


『見て・・・・ください』



 のたり、のたりと、
 それでも必死な動きで。
 画面の中央に映し出された妻の、裸の下半身が揺れる。
 小ぶりな尻が蠢く。



 あ、あッ、、、、ううッ、、、、、



 はぁはぁという息づかいの中に、時折、そんな声が混じる。
 尻を動かすたび加えられる、吊り上げられた陰唇とクリトリスへの電流。
 自らの動きで与えられる、性器への刺激。


 ―――ああ・・・・っ


 悦美と同時にはしる痛み。


 ―――ぐっ・・・・ぁは・・・・


 それがずっと、

 ずっと繰り返されるのだ。



 悦、痛、悦、痛、悦、痛、悦、痛、悦、痛、悦―――



 見ているこっちのほうが、気がおかしくなってしまいそうな、

 そんな、自涜だった―――。



 カメラが動いていく。尻を揺すりつづける妻の周囲をぐるりとまわって、あらゆる角度から、妻の裸身、濡れそぼった肉の蠢き、その剥き出しの表情をカメラ は収めていく。


『カメラ、見い。奥さん』


 真上に立って、垂直に妻を見下ろした佐々木の声がする。
 とろりと溶けた妻の瞳が、ビデオカメラに映る。


『もう何がなんだか分からないって表情やな。牝犬の顔や。首輪がよく似合ってるで』
『は・・・・・い』


 返事をする唇の端から、よだれが垂れ、落ちた。


『そないに尻振って、見てもらえるのがよっぽどうれしいんやな』
『・・・は・・・い・・・』


 声を出すたび、ぜいぜいと息が切れる。


『・・・・・うれ・・・・・うれしい・・・です』
『坊やはどうや。綺麗な奥さんが実はこんな牝犬で、がっかりしたか?』


 カメラが若い男を向く。魂の抜けたような表情で、若者は憑かれたように尻を振りつづける妻を眺めている。


『坊や』
『あ・・・・はい。いえ・・・・すごく興奮してます。もう、おかしくなりそうなくらい・・・・いきそうです』


 カメラが妻の顔へ戻る。


『よかったなぁ、奥さん。頑張って媚びてみせた甲斐があったようやで。あの坊や、欲情して、もうびんびんなんやと』

『あ・・・・・う・・・・うう―――』

『頑張ったペットには、ご褒美をやらんといかんな』


 猫なで声で言いながら、カメラが妻の顔へ近寄っていく。
 瞼まで紅潮した膚に、ぷつぷつと浮かんだ玉の汗。鼻腔は喘ぐように開いている。
 獣たちに囲まれ、本当の牝犬のように苛まれつづけながら、獣に染め変えられようとしているひとりの女。美しく、蟲惑的な――― 一匹の獣。彼女は私の妻だった。
 全身の関節が軋みをあげていた。
  1. 2014/10/15(水) 01:44:38|
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卒業後 第68回

 私はずっと憧れていた。

 退屈な毎日の裏側にたしかに存在しているはずの非日常の世界、そのくすんだ色合いに、私はずっと惹きつけられていたのだ。
 赤嶺という男は、だから私にとって非日常の使者だった。他のさまざまな交友関係が絶えていっても、あいつとだけは付き合いがつづいたのは、あいつが引き 連れている世界の危うさと妖しさに、抗いがたい魅力があったからだ―――と思う。
 一方で、私にとって妻は・・・・・・とても一言では言えない。彼女は私の日常の保証者、私の唯一の財産。初めて出会ったときから、彼女は静かに、けれど 深く、私の心に食い入った。
 初めて出会ったときから―――いや、そうではない。始まりはあのとき、見合いの話を持ってきた親戚から、あの一枚の写真を見せられた瞬間からだった。

 それは板敷きの廊下に立つ、着物を着た女の写真である。両手を前で重ね、すっと背筋を伸ばし、正面からカメラを見つめている生真面目なまなざし。女は笑 みを浮かべてはいない。きつく結んだ口元は、女の切れ長の目の印象とあいまって、怒っているように見えるが、事実はそうではない。
 左側の窓から差し込む弱い光が、女の顔に微妙な陰影をつけている。

 写真に写っている女が、後に私の妻となる女だった。私と出会う以前の、今よりも若い妻。私が言うのもおかしいが、写真の女はとても綺麗だった。だが、そ れだけではない。端正な女の相貌に浮かぶどこか不安気な表情、張りつめた佇まいが妙に心に残った。このとき彼女はいったい何を考えていたのだろう―――そ う思わせる何かが写真にはあって、当時の私はそれがとても知りたくなった。実際に彼女と会って、話して、もっともっと彼女のことをよく知りたいと私は思っ たのだ。

 今でも私はその写真を大事に持っている。時折、取り出しては眺める。あれはいったい誰が撮った写真だったのだろうか。奇妙なことに、傍らに妻がいないと き、私が脳裏に描く彼女は、今でもこの写真の姿をしている。
 赤嶺と妻は、私にとって対極にある存在だった。一方は薄暗い非日常を、もう一方は日常に在ることの意味を、誰よりも感じさせてくれる存在。
 一昨年の夏、私はふたりをひきあわせた。そのときから、私の世界はぐらぐらと揺れ始めた―――。



 ―――――――――――――――*――――――――――――――

 ふたりがかりで、妻は責められていた。

 まどろっこしい筆を捨てた金倉の口が直接、妻の拡げられた場所へ吸い付き、舌で触れている。
 引き伸ばされた花弁に、剥き絞られた肉芽に、ぽっかり開いた秘口の戸口に、金倉の舌が伸び、ちろちろと舐めまわす。
 若い男は喘ぎ、うねる上半身にとりついて、白い胸の屹立を口に含みながら、汗でぬら光る肌身のあちこちを不器用な手つきで撫でまわしていた。


『え――――あ、、、、、っ』


 仰向けに横たえられ、肘と膝で交差させられた手足を、縛り上げられた狸のように宙に浮かせたままの妻の、淡くけぶるような裸身がくねる。
 紅潮しきり、額に蒼い静脈を浮かせた妻の顔が激しく左右に振りたてられる。
 その口に、若者が口を寄せた。
 もはや抗う気力をすべて喪失させられたような情態の妻は、半開きの唇に差し込まれる舌を、目を白黒させながら受け入れた。
 舌が、絡められた。


『うれしそうやなぁ、奥さん。手練れの中年男と、若い男のふたりに一緒に可愛がってもらえる機会なんて、普通の女はそうそう経験できへんで。AV女優に なってよかったなぁ』


 若いホテルボーイとキスをしている妻の横貌を、真横から撮りながら、佐々木が笑い声で言った。
 ふと、妻の頸がかくかくと前後に振れ、若者の口から離れた。

 視線が―――飛んでいた。


『お、この奥さん、もうそろそろ我慢の限界みたいやで。今にもイキそうや』


 佐々木の言葉に、金倉がいっそう気を入れて、妻の秘部を責めだしたのが分かった。
 狂おしげな吟声が高くなる。


『切れます。切れちゃう・・・・あ、あ、切れる・・・・』


 くなくなと頸を揺らしながら、うつつない声で妻が叫んだ。


『そうやない。“気持ちいい”やろう? “****舐められてイキそうです”や。言うてみいや』


 佐々木の声にもうわずかな反応も見せず、妻は『切れる、切れる』とうわごとを言いつづけ、頸を振りつづけていたが、やがて盛り上がった胸がさらに隆起 し、白い喉首がぴんと反った。


『あ、あ、許して。死にます。落ちる・・・・』


 眦が吊り上り、相の変わった顔が最後にそう口走り―――
 しなやかな肢体が弓のように、ぴんと張りつめた。
 その緊張がテグスを伝わって、今まさに崩壊した部分にいっそうの痛苦を与えた。



『あ――――――はっ』



 一声高く、妻は啼いた。


『あーあ、奥さん、漏らしてしまったわ』


 女園から顔を離した金倉が呟く声。
 それとほとんど同時だった。


『もう―――我慢できない』


 若者が制服のズボンと下着を下げ降ろした。
 かたく隆起したものが、ぐうっと膨らみ、したたかに白濁をしぶいた。
 放たれたそれが、妻の顔に振りかかる。
 白濁が高い鼻梁を濡らし、形の良い顎の辺りにまでしたたっていくその様を、ビデオカメラがとらえた。
 映像は何も処理されていないのに、私にはそれがスローモーションのように見えていた。


 ゆっくりしたコマ送りで、汚されていく妻が。
 私の目に、鮮明に、映って。
 映って、いた。



 ・・・金倉に抱えられるようにして、妻が浴室から出てきた。
 幾分、血の気が戻っているが、足腰はまったく立たないようで、支えられながらようやく妻は、床に座り込んだ。
 艶々と光る洗い髪をうなじにまとわりつかせたまま、がっくりと崩れ落ちた妻の、手足の拘束と足枷は外されていたが、首輪とそれに繋がったクリトリスのリ ングだけは、まだ彼女の一部を締めつけている。
 
『よぉ洗ってもらったか、奥さん?』

 うつむいた妻の、頸だけが小さく縦に動いた。

『さっきはいい絵が撮れたわ。あの坊やも、こんな美人の奥さんが小便漏らしながらイクとこを見ちゃ、そりゃあもたんかったやろな。すっきりしたら、慌てて パンツ履いて、職場復帰しよったわ』

 くすくすと笑いながら、素裸でへたり込み、本当の女奴隷のような裸身をさらしている妻の総身をカメラが舐めていく。

『よくもまぁ、カメラ向けられた状態で、あんなに派手なイキっぷりを見せてくれたな。さすが赤嶺さんの見込んだ女や、たいした淫乱やで。自分でもそう思う やろう?』

 赤嶺の名が出て、今さら私の胃の腑に鈍痛がはしった。

『返事せな、奥さん。あんたはついさっき、画面の向こうの大勢の男たちに恥知らずなよがりっぷりをさらしたんやで。ちゃんと“見ていただいてありがとうご ざいました”ってお礼を言わんと』
『・・・・はい』
『そら、カメラ見て。ご挨拶や』

 金倉の手が、妻の顎を掴み、色褪せた顔を上向かせる。
 気弱に潤んだ瞳が、カメラを見た。

『わたしは淫乱です・・・・それを思い知りました。恥ずかしくいく姿を大勢の方に見ていただいて・・・・とてもうれしいです』


 ありがとうございました―――


 そう言って、妻は深々と頭を下げた。

『そうやな、奥さん、見られて悦ぶマゾ女やったな。それはさぞ感激な体験やったやろう』
『はい』
『ほんなら、奥さんの****どうなったか見せてもらおうか。自分の指で拡げて見せてみいよ』

 ふっと妻の視線が落ち、自らの手で剃毛され、深い縦筋をさらすその部分を向いた。
 白く小さな手が、ふるえながらその器官にあてがわれる。

『もっと威勢よく拡げてみなよ。そうそう―――』

 叱咤しながら、カメラがその部分をクローズアップしていく。
 映し出されたそこは、無惨な様相を示していた。リングに絞られたクリトリスは腫れあがり、普段の桜色から深紅をとおりこして赤黒くなっている。長い間、 クリップに挟まれ吊り出されていた部分の秘唇も同様に変色していた。
 男の手が画面に映り、繊細な指がくつろげているそこをくいっと摘まんだ。

『このピラピラも少し伸びてしまったかもなぁ。奥さん、パイパンだから、はみだしたら目立ってしまうねえ』
『あと何ヶ月かすれば、ここから赤ん坊が出てくるなんてとても信じられん眺めやな―――』

 カメラが上向いて、うつむいた妻の顔を下から覗き込む。
 乱れた黒髪を、金倉の手がはらって、顔をよく見せるようにした。

『奥さんが頑張ったから、約束どおり、子供は産ませてもらえるよ。うれしいやろ、奥さん?』
『はい』
『でも最初に言ったとおり、産まれた子供は養子に出すんやで。そのほうがあんたにとっても、子供にとっても幸せや』


 潤んだ瞳が揺れた。


『返事はどうしたんや、奥さん』
『はい・・・・』
『奥さんはこの身体で稼いだ金を、養子に出した夫婦に渡す。それが牝犬お母さんに出来る精一杯のことやで。でも、子供手放したら、奥さんそのうち逃げてし まうかもなぁ。どっか他に男つくって、そいつと手に手をとって消えてしまうんやないか?』
『そんなこと・・・・』
『ほぉ、逃げないんか? 一生、うちのAV女優として、男の玩具になってやっていく覚悟があるんか?』
『わたしは・・・・逃げません』


 ぽつりと呟くように、妻はこたえた。


『そうやな。奥さん、今まで散々好き勝手やってきて、充分人生を楽しんだもんな。これからは懺悔の日々や。あんたがこれまで生きてきて、迷惑かけたひとた ちの分まで、社会奉仕せなな』
『AVが社会奉仕か』

 金倉がわらう。

『奉仕にはちがいあらへん。―――だけどな、奥さん。言葉だけでは信用出来へんのよ。口先だけでは何とでも言えるからな。身をもって奥さんの真心を示して もらわんと』


 カメラがふっと上後方にずれて、座り込んだ妻の総身を映した。
 妻は顔を上げて、カメラを見た。


『ただでさえ、淫乱多情な奥さんや。ほっといても男たちが群がってくるし、そのなかのひとりに真剣に“逃げよう”って誘われたら、奥さんもほだされてその 気になってしまうかもしれへん。そんなことのないよう、あんたの身体に手を入れさせてもらってええかな』



 身体に―――手を入れる?


 意味が分からない。

 私と同様だったらしい妻が、戸惑った顔でぼんやりとカメラを見つめた。

『まともな男には金輪際相手にされへんよう、奥さんのその美しい身体にメスを入れさせてもらうってことだよ。まずは―――そうね、さっき剃ってもらったオ ケケやけど、もう二度と新しいのんが生えてこんよう、完全に処理して永久脱毛させてもらおか。それから―――』

 佐々木の手が伸びて、クリトリスに繋がった糸を掴んだ。『うっ』と声をあげて、妻の顔がゆがむ。

『この感度のいいお豆の皮も切除したらどうかな。どうせ剥き出しなら、とことんまで剥き出しのほうがええやろ。そこの皮がなくなったら、いつでも男を欲し がって発情しつづける躯になるんやて。そうなったら、もうAV女優かソープくらいしかやることないわな』



 あはは―――と佐々木の笑い声がする。


 あまりにも、
 あまりにも悪辣な、言葉。
 妻の人権を完全に無視した言葉。

 今度こそ、私は吐きそうになった。

『さっき吊り上げてよく伸ばしてあげたピラピラにもピアスを付けさせてもらおうか。いや、もっと大きめのリングのほうがええな。両側に穴あけて、リングで ひとつに閉じるんや。面白いやろ』


 気死したように、なかば感情を失っていた妻の顔色が青褪めている。
 折れそうなほど細い肢体が、ふるえていた。


『奥さんくらいの美形で、そんな奇形の****をしているAV女優なんか、ひとりもおらへん。売れっ子になれるで、奥さん。SM専門やけどな。そうなった ら会社も儲かるし、あんたを真面目に愛そうとする男なんてもう二度と現れへんから、逃げる心配もなくなる。一挙両得やね。どうや、奥さん』
『それは――――』


 褪せた唇がかすかに動き、絶句した。


『何もかも捨てたんやろ? 男の玩具になって一生送るんやろ? ならそれでもええやないか。顔をいじれって言ってるわけやない、あそこだけや。まあ、一 生、銭湯には行けへんくなるやろうけどな―――。どのみち、今のあんたには誰もおらへん。もとの旦那には愛想を尽かされて、子供も手放さなきゃならん。も う、あんたに戻るとこはないんよ』


 あっさりと言い放った佐々木の言葉に打たれたよう、妻はびくりと身体をふるわせた。



 誰もいない―――



 低く、つぶやく声がした。
 妻の目から涙がつっと零れた。
 あふれた。

『こら、泣いたらあかんよ、奥さん。あんたを苛めてるわけやないねんで。あんたに自分の今の立場を理解してもらおうと思って言ってるこっちゃ』
『はい・・・』
『決心ついたんか? どうや?』

 佐々木の手がひたひたと妻の頬を叩く。
 その手を受けながら、妻は『どうにでも・・・してください』とかすれた声で言った。

『投げやりな口調やな、もっとうれしそうに“よろこんで手術をお受けします”って言わな』

 嗚咽をつづけるばかりの妻は、佐々木の言葉にただ頸を振るだけだった。
 そんな身も心も弱りきった妻を、裸の金倉が背後からやんわりと抱きしめた。

『奥さん、もうそんな泣かんと。可愛いお顔が台無しじゃないか。大丈夫だよ、淋しいときには呼んでくれたら、いつでも相手をしてあげるからね』

 猫撫で声で言いつつ、折れそうなほど頼りない細身を抱きしめた金倉が、妻に口づける。
 妻は抗わなかった。そればかりか、瞳を瞑り、差し込まれる唇を受けながら、両腕を伸ばして、金倉の頸を抱いた。

『お』

 そんな妻の反応に一瞬驚いたような顔になり、それから金倉はいっそうきつく妻の口を吸った。吸いながら、首輪とクリトリスを繋ぐ糸をぴんぴん弾いて、妻 を鼻で啼かせた。

『そやそや、そんなふうに素直にしてれば、たっぷり可愛がってもらえるで。厭なことかてすぐに忘れられる』


 泣き濡れた瞳だけが動いて、カメラを見た。


『忘れさせて・・・・何もかも』


 そう、言った。


『そうそう。そんなふうにして、他のことみーんな忘れて、ち*ぽのことだけだけ考える牝になればいいんだよ。そのほうがあんたも幸せだ』
『メスになる・・・・犬にでもなります・・・・・だからもう何も考えさせないで・・・・言うとおりにします・・・・・何でも言うとおりにしますか ら・・・・ぜんぶ、ぜんぶ忘れさせて!』


 最後のほうはほとんど悲鳴だった。
 叫んで、妻はそのまま顔を金倉の股間に埋めて、屹立したグロテスクなものをぱくりと口に含んだ。


 頬をへこませ、
 喉をうぐうぐ言わせながら、
 忘我の表情で、目の前のものに吸い付く妻。
 母親の乳首に吸い付く幼児のように、この世にはそれ以外すがりつくものなど存在しないように。


『ようやく堕ちきってくれたようだね。素敵だよ、奥さん。あんたはそのほうがずっと魅力的だ』


 金倉が床に身体を倒していく。仰向けにまたがった妻の尻を、自らの顔のほうに向けさせて、シックスティナインの姿勢をとらせた。


『腰を落として。“****舐めてください”って言うんだよ』


 命じられ、妻は口に金倉のものを含みながら、しっとりと股間を落としていく。一瞬、口中から怒張を吐き出し、『****を舐めてください』と、たしかに 言った。


『可愛いよ、奥さん。可愛い牝犬だ』


 ほくそ笑みながら、妻の股間に口を吸い付ける。
 ぎゅうっと眉根を寄せながら、それでも口の奉仕は怠らず、一心な表情をビデオカメラの前にさらして、妻は怒張を唇に受けつづけた。

 何もかも許しあった男女しかとらない体位で、妻と、それから少し前までは顔も名前も知らなかった醜い中年男が絡み合っている。
 互いを、貪っているような、その姿態。
 獣の交わりだった。
 妻がその獣の一匹だった。
 ぼろぼろに傷つき、血を流し、何もかも失った獣は、理性の枷から解き放たれ、ただただ肢体を愛玩され、愛玩していた。


 脳髄の芯が白く霞んでいる。
 霞んでいるのは私だ。
 血が流れている。
 流しているのは私の心だ。



 嗚呼―――



 私は呻いた。
 画面の中で、妻も呻いていた。


『いい・・・・・気持ちいい・・・・』


 ぐらぐらと頭が揺れて、白い喉が怒張から離れ、うつつなく声を出す。
 眦から涙がぽろぽろ零れている。


『いたくない・・・・やさしい・・・・やさしくして・・・・・もっと』
『こうされるの好きなんだね、奥さんは』
『すき・・・・・やさしいのすき・・・・きもちいい・・・して・・・・こわして・・・・何もかもこわして・・・・わたしをこわして』


 すすり泣くような声で妻が啼く。
 ぶるぶるっと、雪白の臀部がふるえた。




『いく・・・・・・・』




 そう、告げて―――

 今まで見たなかで、一番静かに、一番哀しく、けれど一番くるおしい姿で、妻は、無明の空へ飛び立っていった。
  1. 2014/10/15(水) 01:46:27|
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卒業後 第69回

 パソコンの画面には、絶頂に達し、そのまま意識を失った妻の顔が大写しになっている。

 映像はそこで静止していた。

 声も出せず、動くことも出来ないまま、私はその妻の表情を眺めていた。
「―――コーヒーいれようかな。キッチン使わせてもらうわね」
 明子が立ち上がり、やがてカップをふたつ抱えて戻ってきた。
 差し出されたカップを、私は黙って受け取る。
 そんな私の表情を、明子は依然としてあの観察するような目で見ていた。
「そろそろ・・・・教えてもらえないか」
「何を?」
「君がわざわざ東京までやってきて、こんなものを俺に見せたわけだよ。―――まさか、S企画の新商品の感想を俺に聞きに来たわけじゃないんだろ」
 それはもちろん皮肉だった。言った自分が一番傷つく皮肉。しかし、明子は静かに私を見返して「当たってるわよ、それ」と言った。
「何だと」
「感想を聞きたい、ってところだけね」
「どうして・・・・」
「どうしても。答えて。あなたはあの映像を見て、どう感じたの?」
 怒鳴り散らしたいほど気分の悪い問いだった。けれどそう口にする明子の表情はあまりにも真剣で、私は気を呑まれた。
「吐き気がした。胸が悪くなった。赤嶺と、それからS企画の人間全員を殺してやりたくなった。これで充分か?」
「そうね。充分よ」
 明子は手に持ったカップを正座した膝の辺りに押し当て、うつむいた。
「正直に言うわ。最初、赤嶺が奥さんをモデルにビデオを撮っていると知ったとき、私は、それがあなたの要望でもあるのかと思ったの」
「俺の・・・・要望?」

 そんな、馬鹿な。

「二年前、あなたは奥さんを欺いて、赤嶺に抱かせようとした。その件に関しては、私も片棒担いでいるから偉そうなことは言えないけど・・・・。こんな職業 をしているから余計分かる、ひとの欲望ってどこまでも底が無いものよ。欲望が欲望を生み、次第次第にエスカレートしていく。現に去年の夏、天橋立で、あな たはまた奥さんを赤嶺に委ねてしまったんでしょう?」
「だからと言って・・・・・妻を、瑞希をAVに出演させようなんて、そんなこと、本気で、俺が望むと思ったのか?」
「分からないわ。私、あなたのことよく知らないもの」
 にべもなく、明子はそう切り返した。
「それにあなたには赤嶺がいた。あれほどひとの心を読み取って、巧みに唆していく男を私は他に知らないわ。自分が操られていることにも気づかずに、赤嶺の 意のままに動いている人間を私は何人も見てきたもの」
「あいつは・・・・・いったい何を考えているんだろう?」
「さあね。けれど、あなたとは違った形で、赤嶺が奥さんにつよく執着していることだけは分かっているわ。信じられないくらい、強引な手口まで使ってね」
 明子はため息をついた。
「最初の質問にまだ答えてもらってないな。君はどうしてあのビデオを俺に見せたんだ?」
「言ったでしょ。あなたの感想を聞くため。というよりも、あなたの反応を見るためね。それ次第で、私はこれからの私の態度を決めなくちゃいけないから」
「意味が分からない」

 深く澄んだ目で、明子は私を見つめた。

「たしかに赤嶺は酷いことをしている。けれど、あなたはそんな赤嶺の危うさを知りながら、ずっと長い間、奥さんを彼に預けてきたんでしょう? いえ、赤嶺 がああいう人間だからこそ、あなたはその分スリルを味わうことが出来たんじゃないかしら。だけど、それは奥さんが望んだことじゃなかった。たとえ、彼女の 承諾があったとしても、肉体的な痛みが伴わなかったとしても、これはドメスティック・バイオレンスに近いものがあると私は思うの。ひとりの女としての意見 よ」


 ドメスティック・バイオレンス―――家庭内暴力。
 明子が口にしたその重い言葉に、私は打たれた。


「私は―――今のあなたの望みを叶えてあげられる。あなたと奥さんを会わせてあげられるわ。それはすべてを捨てたつもりの奥さんにとっても、心の底から望 んでいることかもしれない。だけど、それが本当にいいことなのかどうか、私には分からないの」
「俺が・・・・・瑞希の夫としてふさわしくないと言いたいのか」
「将来的な話よ。―――いま、あなたが奥さんに会えば、彼女は救われるかもしれない。会って、子供のことや、遼一君のことをきちんと話せばね。だけ ど・・・・」

 明子の言わんとすることが私にはようやく察せられた。

「将来的な話の意味が分かったよ。君は俺がいつか・・・また同じことを繰り返すと疑っているんだ。現に・・・去年のことがあるから」
「一度幸福を味合わせてから、その幸福に裏切られるのは、最初から絶望の中にいるよりも辛いことよ」


 その言葉に、私は黙り込むしかなかった。
 明子はそんな私をじっと見つめていた。
 それから、いきなりこんなことを言った。


「私ね、二年前の奥飛騨のとき、一度だけ、奥さんとふたりきりで話したことがあるの」
「どんな・・・・話?」
「昔話よ。その頃の私は、赤嶺がつよく関心を見せている奥さん―――瑞希さんがどういうひとなのか、興味を持ってたの。だから、品がないけれど、瑞希さん にあれこれ尋ねたわ。彼女は自分のことを話すのが好きじゃないみたいだったけど・・・・。そのとき聞いたのが、昔、京都の旅館で仲居をしていた頃の話」

 叔父夫妻の経営していた旅館か。

「瑞希さん、どう見ても客商売向きに見えないから、私、ちょっと驚いちゃって。そう言ったら、彼女も“やっぱり苦手だった”って言うのね。とくに笑顔をつ くるのが苦手だったって」

 ふっと明子は過去を思い返すような表情をした。

「女将さん・・・・叔母さんにそのことでいつも怒られていたそうよ。10代のころらしいけど、その叔母さんに呼ばれて、よく鏡の前で笑顔の練習をさせられ たと言っていたわ。たまに時間のあるときは、ひとりで鏡を見ながら、笑顔をつくる練習をしていたんですって。“でもどれだけ練習しても、ちっともうまくな らなかったんです”―――そう言って、困ったような感じで微笑ったときの瑞希さんの顔を、今でもよく覚えてる」


 私は―――想像した。
 まだ10代の、娘の頃の妻が、鏡台の前にひとり座って、つくった自分の笑みを眺めている光景を。


「瑞希さんはたしかに不器用なひとなのかもしれない。でも彼女は彼女なりに、あなたに対していつも真剣で、一生懸命だったと思うの。そう思うから―――、 私はこれ以上、彼女を傷つける真似はしたくない」
「それじゃあ・・・・、今のまま瑞希を放っておくと君は言うのか」
「そんなことは言わないわ。あのAVにしろ、やり過ぎもいいところだし。最低限の約束だけは守られているけれど」
「約束?」

 ビデオの中でも、たしか、そんな言葉が出てきた。

「いまAVと言ったけど、あれは赤嶺と交わした契約の手付けのようなものなの。瑞希さんに最後の覚悟を促すため―――といっていいのかしら。だから、あの 映像は尻切れとんぼで終わってる。おかしいと思わなかった? “本番”がないなんて」

 たしかに、あれだけ酷く責められながら、妻が挿入されるシーンはなかった。

「それは最初の赤嶺と瑞希さんとの約束にそうあったから。妊娠初期のセックスはご法度でしょう」
「だけど、ある意味それ以上にひどいやり方だったじゃないか」
「たぶん瑞希さんは、AVなんて見たこともないと思う。ただセックスを撮影したビデオくらいの知識しかなかったんじゃない? 赤嶺との約束では、出産まで 挿入場面の撮影はなしということになっていたし、あの映像の最初は本当に“面接”のような気持ちだったんじゃないかな。たしかに最低限守るべきところはた しかに守られたけど、逆にそのことが脅しにもなってたのね。遼一君のときもそうだわ。脅したり、言葉で責めたりしながら、最後の一線だけは強制しなかっ た」
「だからどうだと言うんだ? あいつのやってることは無茶苦茶だ。瑞希は馬鹿だ。どうしてあんな奴のことを信じるんだ」
「―――他に誰もいないからよ。信じる信じないの問題じゃない」

 暗い目で明子は私を見つめた。

「あなたに瑞希さんを馬鹿だという資格はないわ。彼女が妊娠したとき、あなたはその子が自分の子供だと、どうしても信じてあげなかったでしょ」
「状況が状況だったからだよ」
「分かるわ。だけど―――信じてあげてほしかった」

 明子はほっと息をつき、私も黙った。
  1. 2014/10/15(水) 01:47:58|
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卒業後 第70回

「もう二度と同じことは繰り返さない。誓うよ」

 目の前の明子に―――
 いや、明子の姿をした妻に私は言った。

「瑞希のいない人生はもう考えられない。そうじゃないな、最初の最初からそうだったんだ。・・・・言葉だけじゃ信じてもらえないだろうか」


 明子は何も言わない。ただ、私を静かな目で見つめている。
 私は鞄を引き寄せ、中から退職届の写しを取り出した。


「この前、遼一がやってきた日の翌々日にこれを会社に出したよ。今日が仕事納めだった。―――明日、大阪に戻る」


 赤嶺のもとへ。
 妻のもとへ。
 どうしても私は行かなくてはならないから。


「辞めたの―――会社」


 明子が目を丸くした。


「瑞希がいなくなれば、働く意味も生きていく意味も無い。俺の唯一の宝なんだ」
「本気なのね?」
「本気だよ。どうか信じてほしい」


 明子はしばし黙って、考え込むような表情をした。
 それから、言った。


「あなたの言葉にはふたつ間違いがあるわ」
「何・・・・だろう?」
「唯一の宝、じゃないわ。あなたにはもう子供がいるのよ」
「ああ・・・そうだね。俺の、子供だ」
「そうよ。あなたの子供よ」


 明子は―――わらった。


「もうひとつは?」
「明日大阪へ戻る、じゃないわ。今日、今から行くのよ。急げばまだ新幹線に間に合う時刻だもの。―――行きましょう」



 ・・・それから一時間後にはもう、私たちは車中の人になっていた。

「なんとか最終に間に合ってよかった」
「新大阪に着いたら、直接、赤嶺のマンションに向かいましょう。これ、以前もらっていた彼の部屋の合鍵よ」

 明子が鍵を取り出して、私に見せた。

「今日、赤嶺は仕事で帰宅しないはず。部屋にいるのは瑞希さんだけよ」

 心臓がどきんとした。
 妻とはもう一ヶ月会っていない。

「君は―――あのDVDを赤嶺の部屋から持ち出したんだろう? その合鍵を使って」
「そうよ」
「そのとき、瑞希には会ったのか?」
「会ったわ」
「どうだった?」
「私のことは覚えていてくれたけど、精神的にかなり衰弱していたし、あまり話が出来る状態じゃなかった。事情も詳しく教えてくれなかったし、その気もな かったみたい。ただ、“子供を産む”ってそれだけ繰り返し言ってたわ。そのこと以外はもう、頭の中にはないんだと思う。あのひとは“おかあさん”になった のよ。本当に、それだけに」

 赤嶺も、言っていた。

 ――― 一時期はかなり精神的に錯乱していたけれど、最近は落ち着いてきたようでね。今は腹の子供を無事に産むことだけを考えている。


「瑞希にとって、母親になることはどんな意味があるんだろう?」
「分からないわ。私も子供を産んだことはないし。でも、瑞希さんにとっては特別な意味を持っているんでしょう」
「俺は・・・・正直言ってよく分からないんだ。子供を持つということが、父親になるということが、どういうことなのか今まで考えたことがなかったから」
「世間のたいていの父親もそんなものかもしれないわよ」明子は深い表情を瞳の中に浮かべた。「だけど、これだけは間違えないで。瑞希さんにとっての子供の 意味は、あなたの子供だからってところに重みがあるの」
「分かってるよ」
「本当に?」
「ああ、分かってる。それで・・・瑞希の身体のほうはどうなんだろう。元気で―――無事でいるんだろうか」


 ―――あんたの身体に手を入れさせてもらってええかな。


 あの、佐々木の言葉が脳裏に蘇る。

「心配しないで。今のところは大丈夫よ」明子は上目遣いに私を見た。「そもそもあいつらの言葉がどれだけ本気で語られたものだか分かりはしないけど、出産 前の身体にそんなことをして、お医者さんに見つかったら、それこそ会社倒産を招く事態になるもの。それに・・・どちらにせよ―――あなたを連れてくるにせ よ、来ないにせよ、知ってしまった以上は私、絶対にそんなことさせなかった」
「君はどうしてそこまでしてくれるんだ。ほとんど付き合いもなかった人間に対して」
 私の問いかけに、明子は猫のような表情で一言「女だからよ」と答えた。意味のつながりが不明瞭で、単純明快な回答だったが、明子という女性の内面をこれ 以上なくあらわした言葉のように思えた。
「ありがとう。本当に感謝してる」
「―――それにね、私、御伽噺のよくある終わり方が好きだったのよ」

 唐突に、明子はそんなことを言った。

「何?」
「“それからふたりは結婚して、いつまでも幸せに暮らしました”っていう、あのお決まりのフレーズ。長い間、どろどろした世界で生きてきたし、私自身もこ の先、普通の結婚が出来るかどうかわからないけど、だからこそ、夫婦というものに私なりの理想があるのかもしれない。現実はいつもそううまくいくものじゃ ないけど、少なくとも、私の目に届くところにいるひとには、そうあってほしい。そうなってほしいの」
「君なら―――出来るよ。君はつよいから」

 心底、そう思っていた。

「ありがとう。あなたもそうなって。誰にも負けないで。自分に―――負けないで」

 私はうなずいた。
 車内アナウンスが、もうすぐ名古屋に到着することを告げていた。


 新大阪に着いてすぐ、タクシーを拾って、赤嶺のマンションに向かった。
「あいつは今夜はいないんだよね?」
「いないはず。そのほうがとりあえず都合がいいわ。早いとこ瑞希さんを連れて、別の場所に移りましょう」
「赤嶺はどんな反応をするだろう」
「読めないわね。だけど、対峙しなくちゃならない。恐れちゃ駄目よ」
「恐れてなんかいないよ。今のあいつには怒りしか感じない」
「そうね。でもやっぱり―――恐れちゃ駄目。決して丸め込まれないで」

 真剣な顔で明子は言った。

「君は―――これからどうなるんだ? 会社での君の立場は?」
「私? 私は大丈夫。どのみち、もうS企画は辞めるつもりだから。いつまでもつづけてられることじゃないし。そろそろ新しい道を探さなきゃ」
 しかし、そのとき私は、暗い車内でも明子の顔に不安な翳が差したのが分かった。
 誰もが―――不安なのだ。
 赤嶺のことを考えた。あいつにも不安はあるのだろうか。あいつが弱っているところなど、私はこれまで見たこともない。

「もう着くわよ」

 考え込む私の耳に、隣で明子の声がした。
  1. 2014/10/15(水) 01:49:54|
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卒業後 第71回

 私と明子が赤嶺のマンションに立ったとき、すでに時刻は深夜だった。
「カードキーは?」
「ないけど、暗証番号を覚えてるから大丈夫」
 明子が玄関横のセキュリティーに向き合っている間、私はしばし佇んで、少し前に訪れたときにそうしたように、赤嶺の部屋を見上げた。
 あのときは、妻に聞きたいことでいっぱいだった。今は―――妻に言いたいことがたくさんある。

 『卒業』という映画がある。私と妻が初めて席を並べて見た映画だ。妻はそのときすでに幾度もその映画を見ていた。ラストシーンに行き着くたびに、ひどく 悲しい気持ちになるのだ、と彼女は言った。それでも、また見てしまうのだと。
 なぜ妻はあの日、あの映画を私と一緒に見ることを望んだのだろう。妻はあの映画に何を見ているのだろう。私には分からない。
 分からないけれど、私は今夜、『卒業』のベンジャミンにならなくてはならない。その先に何が待っていようと、彼女を迎えにいかなければならない。彼女も きっとそれを待っていてくれる、そのことをほかの誰でもなく、自分自身でつよく信じて。

 硝子扉が開く。
 私たちは目で合図しあって、マンションの中に入った。


 赤嶺の部屋は6階にあった。
 ドアベルを押す。明子の話では、今夜、赤嶺はいないのだから、応答に出るとすれば、妻しかいない。
 けれど、しばらく待っても何の反応もなかった。
「―――あけるわね」
 明子が鍵を差し込む。
 ドアが開いた。
 真っ暗だ。室内には明かりひとつついていない。けれど、暖房は暑いほど効いていて、なかに人がいることはたしかだ。
 手探りで、廊下の照明のスイッチを押した。
「瑞希―――」
 呼びかけたが、返事はない。
「奥の部屋よ」
 明子が言う。
 靴を脱がなくていい洋式の部屋に、私は足を踏み入れた。
 暗色で統一されたリビング―――数年前に訪れたときとあまり変化はない―――を素通りして、明子に示された奥の部屋へ向かう。
「瑞希」
 ドアの前でもう一度、名を呼んだ。やはり、返事はない。
 不穏なリズムで、胸が高鳴る。
「あけるよ」
 言いながら、ドアノブをまわした。

 その部屋も、やはり真っ暗だった。夜の闇がそのまま入り込んでいるような漆黒の中で、閉ざされたカーテンの前、窓辺に置かれたベッドの白いシーツが浮か び上がっている。

 その上に―――妻はいた。ひっそりとベッドに座っていた。

 ドアを開けた私に反応する様子もなく、ぼんやりと座り込んだ妻の横顔は、まるで別人のように白く冴えていた。

 置き人形のように。

 先程とは別種の不安に襲われて、私は妻のもとへ駆け寄った。
 抱きしめた。


「ごめん―――」


 口からあふれでてきたのは、そんな言葉だった。そんな言葉しかなかった。けれどそれは私がもっとも言いたかった言葉であり、言わなければならない言葉 だったのだろう。情けないことに、そのときにはもう、この不甲斐ないベンジャミンの目からは、涙が零れていた。泣きながら、私は何度も「ごめん、ごめん」 と妻に詫びつづけていた。

 腕の中でうごめくものがあった。
 暗闇に仄白くひかる妻の顔が、私を見上げていた。
 私を見ていた。画面越しでない、今ここにたしかにいる妻の瞳が。この瞳が、私はずっと好きだった。瑞々しい希(のぞみ)。その名前を初めて目にしたとき に、私の胸が感じた何かが、そのまま色となって宿ったようなこの瞳に、私は虜になったのだ。

「あなた―――」

 目の前でそう呼ばれることがこれほど嬉しいことだったということに、私は初めて気がつき、また情けなく涙を流した。
 力いっぱい締めつけた、細い、あまりにも細い肢体の、その腕が私の襟首にしがみついた。

「あなた―――ごめんなさい、ごめんなさい」

 口走るように言うその声を聞きながら、私もまた相変わらず謝りつづけた。抱きしめた身体から伝わってくる熱を、全身で感じながら。



「再開の挨拶はそれくらいにして、とりあえず早くここから出ましょう」
 ドアの辺りに立ち尽くしたままの明子が、冷静な言葉を投げた。
「明子―――さん」
 妻の細い声に、明子はやさしい微笑を浮かべた。けれど、その裏側には、何か微妙な不安のようなものが張りついているように見えた。
「彼女の言うとおりだよ。早く、ここから立ち去ろう。俺たちの家に帰らなくちゃ」
 そう言って、ようやく私も―――わらえた。無様な泣き笑いだったが。

 妻はうつむいた。

「帰れません・・・・」
「分かってる。遼一のことだろう」
 見開いた妻の瞳に、私はうなずいて見せた。
「遼一から直接、話を聞いたんだ。遼一には本当にすまないことをした。けれど、遼一はすまながっている。自分のせいで、君がいなくなってしまったと思っ て、あいつ、泣いていたよ」
 私は妻の手をとった。
「君にも本当に申し訳ないことをした。ずっと、長い間・・・・。もう、絶対に同じ過ちは繰り返さないよ。だから・・・、本当はこんなことを言えた義理じゃ ないけど、どうか戻ってほしい。君は俺のすべてなんだ。君と、君の子供が」

 掌の中の、小さな手がふるえた。

「私の・・・・・」
「君の、そして俺の子供だ。それなのに信じてあげられなくて、本当にすまなかった。俺が君を不幸にしてしまった。もう絶対に、そんなことはしないと誓う よ。もう一度だけ・・・・俺を信じて、戻ってほしい。君のこと、遼一だって決して恨んでやしない。君が戻ってくることは、遼一の願いでもあるんだ」

 私は言葉を吐き続けた。ただただ必死で。


 あのとき―――あの天橋立の最後の夜、私は彼女から差し伸べられたこの白い手を、握り返すことが出来なかった。そこから、すべては狂い始めたのだった。 けれど、今、その手は私の手の中にある。もう二度と放すことは出来なかった。そんなことをすれば、今度死んでしまうのは私だった。それを知っていたから ―――、私はどれだけみっともなくても、必死の言葉を並べ続けないわけにはいかないのだ。


「あなた、ごめんなさい・・・・」

 私の手を握り返しながら、妻は呟いた。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。逃げてしまって・・・あなたからも、遼一君からも逃げてしまって・・・・私、最低な女です。そうじゃない・・・・ ずっと最低だったけれど、今ではもう・・・・。あなたが迎えにきてくれて、本当にうれしいです。私は最低だけれど、不幸なんかじゃないです。私は幸せで す。でも・・・・私にはそれに見合う価値はありません」
「そんなことはない。幸せというのなら、俺は瑞希からありったけの幸せをもらった。自分からは何も与えずに、君からあらゆるものを奪ったんだ」


 瑞々しい希。
 何という―――残酷なことをしてしまったのだろう。
 痛々しいほどか細い、眼前のこの女から私はそれを与えられ、あまつさえ奪い、一方の彼女は何もかもを失くしてしまった。


「もう何も言わないでくれ。俺と一緒に来てくれ。この一ヶ月の事情はすべて知っているんだ。謝らなければならないのは君じゃなくて、俺なんだよ。償わせて くれ。そのためには何でもする。何だって出来る」
 まだ動かない妻の薄い肩に腕をまわして、私は彼女をベッドから下ろした。
 細すぎる足首が床に降り立った瞬間、ふらりと身体が揺れ、私の胸にもたれた。


 ―――そのときだった。
 不意に、目の前が明るくなった。室内の明かりが灯ったのだ。


 明るくなった視界が、今日ようやく妻の姿形をくっきりとらえた。
 妻はYシャツ一枚を羽織っただけの、ほとんど素裸にちかい格好だった。そのとき初めて、私はそのことに気づいた。


 ひらかれている妻の白い胸―――
 その双つの柔らかな頂きに、ピアスが嵌まっていた。
 ピアスには銀製のペンダントがそれぞれぶら下がっている。禍々しい髑髏のペンダント。その重みで、以前はつんと上向きに張っていた乳房が、わずかに下に 垂れていた。


 声もなくそれを見、それからドアのほうへ私は視線を向けた。

 明子が驚愕の表情を浮かべていた。その見つめる先には、赤嶺の姿があった。
  1. 2014/10/15(水) 01:56:18|
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卒業後 第72回

「ちかく見たことのない感動的な場面だったぜ。主が留守中の部屋にずかずか上がりこんできただけのことはある」

 いつもどおりの素っ気無い口調で言って―――
 蔑むような、それでいて面白がっているような独特の表情で、赤嶺は私を見下ろした。


 なぜ、こいつがここに現れるのだ。
 私は―――もう一度、明子を見た。蒼白な顔で、明子は左右に首を振った。


「少し前に、俺の部屋からビデオを持ち出しただろ。そんなことが出来るのは明子しかいないし、俺の知っている明子は、撮られるのは好きでも、他人が撮られ た映像で楽しむ趣味はないんでね。あの映像を見せるとすればお前しかいないし、お前を連れてくるつもりなら、今夜しかない」


 淡々と、赤嶺は語る。

 大理石の彫像のように彫りの深い、感情を読みにくい顔。ダークスーツを着込んだ大柄な身体は、照明の下でなお闇に溶けているようだ。


「お・・・・まえは・・・・」


 しぼりだした私の声は、地獄の釜の底から出てきたようにしゃがれていた。


「おまえは・・・どうしてそこまで俺たちを苦しめる? いつだって何でもないような顔をして・・・・お前にとって、俺たちは思うとおりになる玩具なのか?  お前はそう思っているのか!」
「俺には、お前の言う意味こそわからないね。不法侵入された側に罵声を浴びせるなんて、たいした根性だな」


 外人のように、赤嶺は肩をすくめて見せた。


 わかっている。こいつはたとえ死を目前にしたとしても、このあくどいまでの冷静なポーズを決して崩さない。
 目の前にいるのは、そんな男なのだ。

「それに『俺たち』とは誰を指しているのだ? 俺はいったい誰を苦しめたのかな? それが分からない。思いつくままに名前を挙げていこうか。最初はまず、 あの少年―――遼一君と言ったかね」


 腕組みした手の指を、赤嶺はひたひたと動かした。


「お前が気づいていたのかどうか知らないが―――、あの少年は『彼女』のことを心から好いていたのだよ。やさしい伯母さんとしてではなく、ひとりの女とし ての『彼女』を、その身も心も欲しがっていた。けれど、それはお前という夫がいる以上、決して叶わない望みだった。少なくとも、あの子はそう思っていた。 俺は、彼が欲してやまないのに、本当なら一生手に触れることを諦めなければならなかったものを、その手に触れさせてやったんだよ。感謝されこそすれ、恨ま れる筋合いなどないね―――」


 すっ、と―――
 右手を上げて、赤嶺は私の顔面を指差した。


「そしてお前は、俺のおかげで、普通なら味わえない種類の快楽を味わうことが出来た。あの少年と同じように。お前のような嗜好の人間にとっては、この数ヶ 月はたまらない時間だったのじゃないのかね。“最愛の妻が他の男によって奪われていく”―――そんな妄想が実現していくのを目の当たりにしていくのは、ど んな気分だったかな」


 俺がお前に用意したのは、最高のエンターテイメントだっただろう―――


 囁きかけるように、闇の精はそう告げた。


 この男は何を言っているのだ―――


 目眩めく非現実のなかで、私は惑乱する。


「そう、最高のエンターテイメントだ。あまつさえ、妻が性を売り物にする女に変えられ、堕とされていくさまを、お前は目にした。そのときお前はどれだけ興 奮し、どれだけ勃起したんだ? 正直に言えよ。もはや体裁を繕う必要もない。『彼女』はもう全部分かっている」


「だ」


 黙れ―――!


 私は叫んだ。


「おやおや、まだ『彼女』の前で本性をさらけだすのが怖いのか。それほど大事な女なのに、どうしてお前はさっきから『彼女』をまともに見ようとしない?  どうして目を背けているんだ? 答えてほしいね」


 つうっ、と私の背筋に冷や汗がつたい落ちる。
 眼前の男は、私の恐れを深く見抜いていた。


 そのとき。


 ぐらり―――


 傍らの妻が前方へ、ゆるやかに倒れこんだ。


「瑞希!」


 叫び、私は彼女に腕を伸ばす。


 Yシャツ一枚を羽織っただけの裸身が揺れる。
 苛酷な日々を越えてなお、優婉さを失わないまろい乳房に取り付けられた、凶々しい銀髑髏の飾りが揺れる。

 獣のように低くうめいて、抱きとめた私の腕から逃れようと、妻は暴れた。哀しいほど力のない両手で。

 麻痺した半身でその抗いを受けながら、ずくずくと痛む私の両目は、暴れる妻を見ていた。その下半身、優美な太腿のあわいは、あのビデオで見たそのまま、 淡い翳りを失った真っ白な丘に縦筋だけが刻まれている。
 その縦筋にも光るものがあった。花弁を貫きとおした金のピアス。その金の輪に嵌った紅玉が光っていた。


「実に綺麗だろう? 本物のルビーだよ。新しい門出を祝って、俺が贈ったものだ。胸の飾りも『彼女』によく似合っている」


 私は―――脱力した。
 それをきっかけに、跳ね跳ぶように妻の身体が、私から離れ、床に倒れ伏した。
 すすり泣きが、聞こえた。
 その嗚咽が耳に入った瞬間、魔風のような怒りが私の身体を抱え上げて、わけの分からぬ言葉をわめきたてながら、私は赤嶺に向かっていった。
 拳を突き出した。
 ひょいっと軽やかな動作で、赤嶺がそれを避ける。

 つづいて、顎の下に激烈な痛みがきた。

 瞬間、意識と身体が宙を飛んだ。
 悲鳴。明子と―――それから妻の悲鳴だった。


「あなた―――!」


 仰向けに転がった私に、妻がすがりついてくる。しかし、顎に受けた打撃で、私の口からは荒い呼吸が出るばかりだった。指先ひとつ動かせない。
 黒衣の男が近づいてきて、その妻の細腕を奪い、無理やりに立たせた。


「俺が昔、ボクシングをやってたことは知ってるだろ? そんな奴に、武芸の心得がまるでない男が向かってくるなよ」


 背の高い赤嶺が、小柄な妻の両腕を一掴みに頭上高く持ち上げている。
 女性の象徴であるふたつの箇所に飾りを付けられ、姿を変えさせられた妻の総身を、痛みと目眩が間断なく襲う私の目にさらけだす。


「何より、まだ話は終わっていないんだ。遼一という少年、そしてお前の話は済んだ。最後に『彼女』の話をしなければならない」


 こぼれるような胸乳に、重たげにぶら下がった銀のペンダント。それに赤嶺の手が触れた。
 ちゃらり、と音がした。
  1. 2014/10/15(水) 01:57:40|
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卒業後 第73回

「どうだね、いまの『彼女』の姿は? さっきも言ったとおり、実に綺麗だと思わないか? ふふふ、哀れといえば哀れだ。お前たちの言葉で言えば、女性に対 する冒涜の極みか。もともと美しく整った身体に、こんな醜い髑髏の飾りまでつけられて、ね。だが、ここまで身を堕とし、醜く変えられてなお、『彼女』は美 しい。いや、醜のなかにあってこそ、かえって際立つ類の美がここにはある。そんな『彼女』ははたして不幸だろうか」


 妻の両腕を吊ったまま、赤嶺は微動だにすることなく、語りつづける。
 吊られた妻の肢体が揺れている。男の目を楽しませるだけの飾りを、直接加えられた白無垢のような裸身が揺れている。
 切れの長い瞳も、揺れていた。揺れながら、涙を滲ませながら私を見つめていた。


「以前にも言ったと思うが、俺は幸不幸なんて言葉は嫌いでね。だが、あえてその言葉を使うならば、『彼女』は際限のない不幸の中を生きてきた。この美しい 身体も、男たちに汚されるためだけに在ったといっていい。お前は嫉妬しないか? この肉体を最初に弄んだという『彼女』の義兄という男に」


 赤嶺は、薄くわらった。


「得られないものを求めつづけることこそが不幸だということに、『彼女』は気づかなかった。己が身に与えられた美を武器にしてもっと自由に生きていくなら ば、ずっと多くのものが得られたはずなのに。けれど今、『彼女』はこれまでのすべてを断ち切ろうとしている。解放されるんだよ。俺ならば、そんな生き方を 『彼女』に与えることが出来る。一年前の天橋立で俺が言った台詞を覚えているか。『彼女』は“その気になれば誰よりも歓びを得られるし、誰よりも美しく変 わっていける”―――そして、お前はこれからそんな彼女をずっと目にすることが出来るんだ。―――明子、無駄だよ」


 唐突に、赤嶺が明子の名を呼んだ。
 背後から、明子が忍び寄って、手に持った花瓶で赤嶺を打とうとしていた。
 悔しげに唇を噛んで、明子は花瓶をおろした。


「・・・相変わらず勝手なことを言うのね。私も―――ずっと自分が縛られているように感じて生きてきた。もっと自由になりたくて、この息苦しさから解放さ れたいとずっと願ってきた。だから、あなたの誘いにのったのよ。だけど、そこにも結局、何もなかった。私が誰よりもよく知ってるわ。まして、瑞希さんは私 とは違う。本当に求めてくれるひとがいる」


 明子は私を見た。妻と同様、彼女の瞳も泣き濡れていた。


「彼の名前を呼んで、瑞希さん。怖がらないで。あなたは独りじゃない」


「わ」


「わたし―――」


 ぽろぽろと涙を零しながら、妻が私を見る。
 この一年だけでも、幾度彼女が涙を流すところを私は目にしただろう。
 その度に、瑞々しい希は彼女の身体から抜け落ち、失われていった。


 だから、私は立ち上がらなければならない。ここに来る前に誓ったはずではないか。
 ―――今夜、私はベンジャミンになるのだ、と。
 何を失っても、どれだけ痛めつけられても立ち上がり、彼女を教会から連れ出すのだ、と。


 ゆらり、と私は立ち上がる。
 妻を見た。
 妻だけを見た。


「瑞希」


 名を呼んだ。この世界でただひとつの意味を持つ名前を。


 口を開けようか開けまいか迷っているような、困惑した童女のような表情が私を見ている。


 どうか怖がらないで。
 信じて。
 私は祈る。


 そして―――
 ふるえる唇が、ついに私の名前を呼んだ。


 私は走り出した。
 武器にする十字架はない。何もない。ただ、身一つで走り出す。


 赤嶺が妻を放した。その顔面に、私はもう一度拳を突き出した。
 今度は、当たった。赤嶺は私の拳を避けなかった。

 ふらり、と赤嶺がわずかに後退する。

 私は妻を抱きしめた。


 もう二度と放さない。放すものか。
 そんな想いが浮き出て、力いっぱい抱きしめたその肢体は、壊れそうなほど脆く、細い。今さらながら私はその危ういような細さに、激しい痛みを覚えた。
 だが、生きている。妻は生きて、ここに在って、おずおずと私を抱き返していた。
 私は泣き、けれどその涙を拭って、妻とともに立ち上がった。


 赤嶺は静かにそこにいた。
 いつものように超然とした表情で。先ほど受けたはずの私の拳も、傷の痕すらとどめていない。


「もう十分だ。もう金輪際、お前の誘惑にはのらない。俺は俺のやり方で、瑞希を幸せにする。お前には決して分からないのかもしれないが、何と詭弁を弄そう と、お前はたくさんの人々を苦しめたんだ。それは俺も同じだけれど、俺はこれからその罪を償う。お前にもいつか償わせてみせる」
「分かっていないのは、お前のほうだよ。自分のことも、他人のことも、お前はいつだってまるで分かっちゃいないのさ」


 燐光をたたえた目で、揺るぎなく赤嶺は私を見つめた。


「だけど、今夜はもう、俺も喋り疲れた。もともと喋るのはあまり好きじゃないんでね。お前たちがいなくなったら、すぐにでも寝ることにする」


 すっと踵を返し―――、
 赤嶺は部屋を出て行った。

 しばし立ち尽くした後で、私は妻の肩を支えながら、
  1. 2014/10/15(水) 01:59:01|
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卒業後 最終回

 ―――――――――――――――――――*―――――――――――――――――――――


 黒衣の男が、暗色に変光させた照明の下で、煙草を吹かしている。
 この部屋にある原色は、男が吹かす煙草の赤い火しかない。

 女がやってきて、男の前に立った。


「私も、今夜ですべてを片付けるわ。会社も辞める。あなたにも、もう二度と会わない」
「そうかね。長い間ご苦労だったな」


 あっさりと男は答え、黒革のソファに音もなく腰を下ろした。


 女は立ち尽くしたまま、そんな男を見下ろしている。


「最後にひとつだけ教えて。あなたにとって『彼女』はどういう存在だったの? 何だかんだと言葉を弄していたけど、本当のあなたの望みは―――」
「最初から言っていたじゃないか。『彼女』は俺の好みのタイプだとね。知っているだろう?」


 生まれてから一度も、俺は嘘を言ったことが一度もないんだぜ―――


 冗談めかした普段の口調で、男は云う。


 女はしばし、そんな男を凝然と見つめた。


「それにしては―――、今夜はあっさりとひいたのね」
「分かっているからだよ。そのうち、また戻ってくるとね」


 男は―――微笑した。


「あいつがこれまでに目にしたものは、『彼女』と暮らすかぎり、いつまでもあいつの脳裏にまたたきつづける。決して失われることはない。君はあの男をよく 知らないから、信じることが出来たんだよ。俺はあいつを知り抜いている。男というものの欲望のつよさを知り抜いている」


 くすくす、と男はわらいごえをあげた。


「いつか、またあいつは“つづき”が見たくなる。それはそんなに遠い日じゃない。そして、『彼女』もきっとそのことを分かっているのさ。賭けてもいいよ」


 確信に満ちた言葉に、女は数歩後ずさった。
 そして、云った。


「私はもう二度と戻らないわ」
「君ならそうだろう」


 男はうなずいた。


「『彼』も―――もう二度と戻らない。『彼』は『彼女』を愛している。私はそれを知っているし、信じているの」
「愛情にもいろいろな種類がある。奴のそれはサディスティックなものを伴っているのさ。いや、マゾヒスティックというべきかな。男がどんな生き物か、君な ら身をもって知っているだろうに。だが、もう今夜は議論はやめよう」
「そうね。―――さようなら」


 女は振り返って、ドアのほうに歩みを進めたが、また立ち止まった。


「私は―――信じているわ」
「信じるのは君の自由だよ。―――おやすみ」


 最後の言葉には答えず、女は部屋を出て行った。


 ―――――――――――――――――――*――――――――――――――――――――


 ようやく、明子が赤嶺の部屋から出てきた。
 ひどく顔色が蒼褪めていたが、私たちを見て、にっこりと微笑った。
 妻はYシャツに、これは赤嶺の部屋から失敬してきたシーツをまとっただけの姿だ。

「携帯でタクシーを呼んで、まず私が自宅に帰るわ。そこから車をまわして、瑞希さんを連れて帰る。あなたは別のタクシーで帰って、今夜は自分のマンション で休んで。明日、私が瑞希さんをあなたのマンションまで送っていくわ」

 もう一刻も妻と離れたくない気分だったが、明子の目顔でその意図を察した。

「分かった。妻を頼む」
「ありがとう―――明子さん」

 うつむいていた妻が、深々と明子に頭を下げた。
 まだ胸元に吊り下がったままの髑髏が、きらり、と鈍く光った。

「本当にごめんなさい。迷惑をおかけして・・・・明子さんにも・・・、あなたにも。こんな・・・・・私のために」

 かすれた声で言う妻の身体を、私は抱きしめた。
 艶やかな髪の毛が私の頬をくすぐる。

「遼一君にもお詫びしなければ・・・・・ひどい目に遭わせてしまったあの子に」

 苦しそうな息遣いとともに、耳元で妻の声がした。

「俺も一緒に謝るよ。とりあえず、今夜は心配しないで。ゆっくり休んで、そして明日になったら、絶対に俺たちの家へ戻ってきてくれ」

 私は言い、またきつく妻を抱いた。

 そんな私たちを見つめながら、明子が携帯電話を取り上げた。




 夜が明け、朝になり、昼になり、そしてまた夜になった。

 私はずっと部屋のマンションで待ちつづけていた。
 妻を。
 この部屋はもう、彼女には入りたくない場所かもしれない。だが、ここは私と妻の五年間の生活がすべて詰まった場所だった。
 私はそこで待っていた。妻の帰りを。
 不安と、高鳴るような胸のときめきを同時に感じながら。


 やがて、チャイムが鳴った。
 弾かれたように玄関へ駆け寄って、ドアを開ける。
 そこに、彼女はいた。明子のものらしい衣装は、少し若めだったが、よく似合っていた。
 私は彼女を抱きしめ、部屋の中へ導きいれた。


 しばし、無言のまま、私たちは向かい合ったソファに座り込んだ。
 以前はこういうとき、すぐに煙草を取り上げたものだったが、私はもう二度と吸う気はなかった。妻は身ごもっているし、何より、私は変わらなければならな かった。
 それに―――、こうして黙って、彼女の顔を見つめていられることが、今の私にはこれ以上なく幸せなことだったのだ。


「コーヒーでもいれようか」
「あ・・・私が」

 立ち上がった私に、妻も慌てたように腰を浮かせた。

「いいんだ、俺がやる」
「でも・・・・・」

 困ったような表情は、以前とまるで変わらなかった。
 自然とわきあがってくる笑みを噛み殺しながら、私はキッチンへ行きかけ、その途中で思いついて、CDのコンポに向かった。
 ラックに並んだなかから、一枚を抜き取って、コンポにかけた。

 やがて、流れでる、メロディー。
 ポール・サイモンとアート・ガーファンクルの、息のあったハーモニー。


「この曲は・・・・・・・」


 立ち尽くしたまま、妻が呟く。


「そう。“サウンド・オブ・サイレンス”だよ。俺たちが初めてふたりで一緒に見た、あの映画のテーマ曲」


 私は言って、妻に笑顔を向け―――



 そのまま、凍りついた。



 妻が泣いていたからだ。



「どうして・・・・・・」


 愕然とした私のほうを見ず、妻は両手で顔を押さえて忍び泣いている。

 その、手指の間から、吐息のような呟きが漏れた。





「『卒業』―――――」





 私には―――

 分からなかった。


 本当に分からなかったのだ。


 どうして妻が泣いているのか。
 どうしてそんなに哀しい顔をするのか。
 
 どうしても―――分からなかった。
 だから―――分からなかったから、近寄って、何も言わずに彼女を抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫だから」


 私は囁き、両腕に力をこめる。


 しめやかに流れつづける、沈黙の音。
 妻の嗚咽。


 そして―――

 遠くから新たな一台のバスが近づいてくる幻影を、妻の鼓動を胸で感じながら、私は瞼の裏に見ていた。
  1. 2014/10/15(水) 02:02:13|
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